さぽろぐ

新聞・ニュース  |札幌市北区

ログインヘルプ


スポンサーリンク

上記の広告は、30日以上更新がないブログに表示されています。
新たに記事を投稿することで、広告を消すことができます。  
Posted by さぽろぐ運営事務局 at

2007年03月16日

お金ってなに???



 前回と同じく、『次の超大国は中国だとロックフェラーが決めた』からの引用です。
 
【引用開始】http://d.hatena.ne.jp/rainbowring-abe/20060507
貨幣はどこからくるのか

 連邦準備コーポレーション(私企業)が貨幣を印刷し、それに利子をつけて政府に貸し付けていることを知らぬものはいない。ここで、このプロセスがまったくのペテンであることを理解しなければならない。私たちがこの問題の核心に到達する前に、銀行業務の本質に関わる一つのことを思い出してみよう。第一に、貨幣にはその価値基準となるものがあるはずだ。

 アメリカの場合は、今でも実はいわゆる“金本位制”に基づいて動いている。つまり、私たちの貨幣は金に裏づけられているのだ。

 このことを念頭において、実際に貨幣がどのように、そしてどの程度のコストで作られるのかを見てみよう。財務省が百ドル札を1000枚印刷するとする。すると、インク、用紙、原版、労働力などに要する費用は総額で約23セントかかる。計算してみると、一万枚の百ドル札紙幣の印刷コストは総額230ドルである。

 そしてここに問題がある。一万枚の百ドル札とは100万ドルに相当する。つまり、連邦準備銀行は100万ドルを勝手に“作れる”。そのうえに、それをアメリカ政府に、利子付きで貸しているのである。しかもそのコストは総額たったの230ドルだ。こんなポロい商売がほかにあるだろうか。

 銀行業界はこのプロセスを“貨幣鋳造利差金”と呼んでいるが、わたしに言わせれば窃盗である。なぜなら、この巨額の利ざやとともに巨額の利払い分がある。このことを横に置くとしても、政府は巨額の借金返済のためにIRS(内国歳入庁=アメリカの国税庁)というマフィアさながらの国家徴税機関を使って、アメリカ国民の金を掠め取る必要があるからだ。

 銀行家たちは政府から盗み、政府はそこで今度は自分の体の向きを変えて国民から盗む。天才でなくともわかることだ。このプロセスで搾取されているのは誰か。そう、わたしたち、梯子段の一番下にいるわれわれ国民だ。

 さらに悪いことにフォートノックス(合衆国金塊貯蔵所の所在地)には、どうやらもう金塊はあまり残っていないのである。すべてなくなってしまっているらしい。つまり、アメリカの金融制度の根幹をなす金本位制度はもう幻想にすぎないのである。

 わたしたち国民は手持ちの紙幣を金に交換することは出来ない。別の国の通貨に変えることしか出来ない。わたしたちの貨幣制度を支える基盤がかなりでたらめと化している。


【引用終わり】



 んんんんん????? どうもよくわからんが、どうもおかしい気がする・・・。ということで、日本銀行のサイトを覗いてみた。

【引用開始】
銀行券の一生
 銀行券は、発行者である日本銀行からの発注を受けて国立印刷局で製造され、一旦日本銀行本支店の金庫に保管されます。その後、主として金融機関による日本銀行当座預金の引出しにより、金融機関に支払われ、金融機関を通じ人々に供給されます。
 市中で様々な取引の決済手段として用いられた銀行券は、金融機関等を通じ再度日本銀行に還流します。日本銀行では、還流してきた銀行券については、銀行券自動鑑査機で真偽と枚数をチェックしたうえで、汚損度合に応じて流通適否の別に整理します。これを鑑査と呼んでいます。鑑査の結果、流通に適したものは日本銀行窓口から再度市中に供給される一方、不適当なものは、復元できない大きさに裁断され、銀行券の一生を終えることとなります。
 銀行券の平均寿命は、一万円札で3~4年程度、五千円札、千円札は使用頻度が相対的に高く傷みやすいため1~2年程度となっています。


【引用終わり】


 んんんん・・??? これは単に、貨幣のことを言ってるんだよな・・。預金されたり、貸し出されたりすると、金とは帳簿上の数字となって、わざわざ貨幣の形を取る必要はない。古いお金が新しいお金に替えるというのは、単なる交換だ。
 最初に言ってた『連邦準備コーポレーション』というのは、「FRB」、「連邦準備銀行」のことで、その民間銀行が、無から貨幣を発行する権限があって、それが国民の借金になってるということらしい。
 日本の場合は、発行権があるのは、日本銀号だけらしいが、FRBと何が違うのだろうか。日銀の株の過半数を政府が所有しているから、政府の一部みたいなものであるが。
 日銀が行っているのは、マネーサプライ(貨幣供給量)のコントロールと、市中銀行への貸出しで、いわゆる「金融政策」であるな。
 
 アメリカのFRBと日本の日銀は違うのか。
 要は、アメリカは民間銀行が通貨発行権を持っていて、富の集中が構造として起こっているということだろうか。そして、日本の場合は、良く分からんがそこまででは無いということだろうか。

 
 これはヤヴァイ・・・。マクロ経済学忘れすぎ・・。一番分からんのは、打ち出の小槌のように、金を発行なんて、できない??しちゃいけない??やるべきでない??のではないだろうか。その裏づけとなる預金が無いとダメなんじゃないの?? 勝手に金を作ったら、それはどこかから持って来ないと穴埋めができないのでは?? 単にインフレを生むのではないだろうか。金は回ってこそ意味があるのではないのか。三面等価の原則とかあったじゃないか。経済活動により、価値を生むことで、経済規模が大きくなっていくのではなかろうか。なんなんだ?問題は。

 要は、アメリカは利益を追い求める民間銀行が貨幣発行権があるから、自分らが拡大するインセンティブがあり、金はそこに集積するようになってしまうが、日本の場合は日銀が自分らの利益を追求するのではなく、公的性格が強いから金の集積という問題は起こりにくいという違いなのだろうか。
 ちょっとマクロ経済学を見直してみよう・・・。  

Posted by らっっっきー at 03:17Comments(0)