さぽろぐ

  新聞・ニュース  |  札幌市北区

新規登録ログインヘルプ


スポンサーリンク

上記の広告は、30日以上更新がないブログに表示されています。
新たに記事を投稿することで、広告を消すことができます。  
Posted by さぽろぐ運営事務局 at

2007年02月28日

グアテマラの穴

 

 なぜ急に1000回のアクセスがあったのだろうか?????
 ついにブログ炎上かと思ってしまった。ブロガー政界に??ってのは、東スポなみの、インチキタイトルであって、「か?」をつければ、何言ったって良いってわけではない。
 政界に推すような動きがいくつか出てるってだけの記事であった。

 さて、たまには、世界のニュースでも追ってみるか・・・。
 CNNより。

【引用開始】
路上に深さ100メートルの穴、民家沈む グアテマラ
2007.02.24
Web posted at: 16:33 JST
- CNN/AP
グアテマラ市――中米グアテマラの首都グアテマラ市の行政当局によると、同市北部で23日未明、路上などの地面が陥没して深さ約100メートルの巨大な穴ができ、民家数軒、トラックなどがのみ込まれた。男性、十代の住民3人が不明となっている。
穴の近くにある汚水の水路で遺体1体が発見されたが、不明者なのかどうかは不明。見付かった遺体は2人との情報もある。同市の水道当局は、地下の下水道管が破裂、下水が噴出し、地層が軟化したのが原因とみている。また、最近の豪雨も影響しているという。
付近の住民によると、1カ月間にわたって騒音や振動などの異変があったという。
穴からは汚臭が発生、最下部で水流の音がするという。住民約1000人が避難命令を受けた。直径は数十メートルに達するともみられる。

 

 

【引用終わり】


 あれを見て、まっさきに思い出したのが、岩明均の「七夕の国」という漫画である。
 この漫画の中で、ある特殊能力によって、空間をどこかに飛ばすという場面がある。
 そして、街の中に突如として、巨大な穴が、現れて、家が丸ごと飲み込まれてしまうというシーンがあった。正にシュールそのものであって、リアルな描き方が、寄生獣の作者ならではであった。
 その絵は、正にこのグアテマラの画像そのものであった。。。
 
 岩明均は超能力者ですか?? 寄生獣が現実にならない事を祈るのみ。。  

Posted by らっっっきー at 00:47Comments(2)

2007年02月27日

恐るべき真実 そしてブロガー政界へ?



 2/23に投稿した内容の元ネタは、「日本人が知らない恐るべき真実」というサイトから引用させて頂いた。
 このページは、本当にすごいページであって、情報量が半端ではない。ロシアに在住の方が、日本に危機感を抱いていて、命をかけて書いたというサイトである。例えば日本の宗教団体の事だとか、ユダヤ人の話とか、放送コードからは完全にアウトな情報ばかりが載っていて、非常に面白い。

 そして、この方によると、もう既に、日本は、将棋で言えば「詰んで」いる状態との事である。
 自分もそう思う。(笑)

 しかしながら、日本は人口が127,700,000人ぐらいいる大国なのである。いくらこの国が終わったからと言って、全員が国外に逃げるわけにもいかない。それに一応国があるのに、勿体無い。
 なので、国会議員をブロガーの間で、擁立しようではないかという動きが、いくつか出ているのである。
 例えば「棒に怒る日本人」という、なかなか論理的で鋭いサイトでは、耐震偽装問題のヒーロー、藤田社長が参議院選に出馬することを提案している。
 あるいは、きくちゆみさんとか、庶民の味方になってくれそうな人たちを選ぼうという動きがある。
 ナポレオン三世によれば、統制された群衆ほど強いものはないという事である。だとすると、統制を崩すには、てんでばらばらな候補が、あっちゃこっちゃ立って、共倒れすることである。もちろん俺がそれを望んでいるわけではない。

 それだけの票を集められるだけの、一人の個人を見つけて、エネルギーをそこに注ぎ込むのは、大変である。
 だとすると、付和雷同型の人々は、誰かのいうとおりに動くわけだ。
 
 しかし、常々疑問ばかりがあるのだが、政治を動かすのは誰なのだろうか??? 政治家は飾りに過ぎなくて、官僚がほとんど仕切ってるのかな。どうもテリー伊藤の「お笑い大蔵省」などの本を読むと、政治家がどれほどの権力を持つのか、はなはだ不思議に思えてくる。
 また、アメリカの意思が、どのように日本国家の運営に影響を与えているのか、まだまだ良く分からないことが多い。
 そして、政治には金が必要だ。そして金を持っているのは、企業だ。だから、企業は優遇され、庶民は冷遇されるのだ。
 だとしたら、今の流れをどうやって止めることができるのだろう。
 そして、馬渕議員もそうだけど、加藤議員もそうだけど、正当な言論が、テロリズムによって、封殺されているではないか。それに立ち向かうだけの気力や根性を持った人でなければ、ダメなのかもしれない。
 そしてメディアである。完全に現政府のイヌでしかないメディア、そしてそのメディアの奴隷である一般大衆は、果たして賢明な選択ができるのだろうか。
 そして、警察と検察である。政府による「りそな」のインサイダー取引を追っていた植草教授は、不当に監禁されている。このような横暴がまかり通るのだから、反政府的な人間は、いつ逮捕されても、殺されて自殺扱いにされてもおかしくない。そんな中でマトモな政治家が生まれるのか。

 まったく疑問はつきない。うーむ。よくよく考えてみたら、日本って本当にヤバイな。。。。確かに詰んでいる。

 でも、俺もいつか立候補できたら良いなー。  

Posted by らっっっきー at 01:14Comments(0)

2007年02月23日

超ぶっちゃけ経済学



 ものすごいぶっちゃけ感漂う論文を見つけた。

 これには、本当に唸らされた。そして、長い間感じていた経済学という机上の空論や、学校で教わる勉強のどうしようもない歯痒さというものを、呆れるほどに痛烈に、本音のぶっちゃけた感じで切ってくれている。
「世界は戦争によって形成されてきた」
「現実を形成しているのは、武力や他の圧力、または窃盗や詐欺行為なのである」
「経済的な権力は、武力や威嚇、詐欺、公然と行われた窃盗によって手中に収められてきたのである」
「歴史を一瞥すれば、経済のゲームは決まって何かを無償で勝ち取るためであった」

 このような主張は、理想を追い求める性格の拙ブログでは、あまり取り上げないような類のものである。これは一種の極論のような気もするが、ある意味現実を表していると思う。
 なぜ権力は腐敗するのか、なぜ戦争は起きるのか。なぜ人々は貧乏で苦しいのか。なぜ経済学は胡散臭いか。
 結局は、世界の経済・社会は、相手を出し抜いて、自分がトクをすることを目指す、ルール無用のデスマッチなのだ。
 俺はそれが良いことだとは思わない。そしてそれを受け入れるかどうかは、各国にかかってるのではないのだろうか。それこそがグローバリゼーションと巨大国際資本であり、それに対処する術は何かあるのではあるまいか。
 そして、もっとマシな社会を構築することはできるのではないだろうか。

 そして経済学も机上の空論で、あまりにも現実と乖離しているのではないか。非常にシビアな現実を分析する学問があっても良いと思う。

 


【引用開始】
http://d.hatena.ne.jp/rainbowring-abe/
米国の名門、ジョージタウン大学のマイケル・ハドソン教授の論文をご紹介します。

今日の世界経済を理解するために



世界経済は純粋に経済上のものなのだろうか? 

経済上の現象には暗部があり、その一連の邪悪な動機は、経済に重大な影響力を持つにもかかわらず、権力と支配を求める不合理な目的から生じ、経済に逆効果をもたらすものなのである。

何世紀にもわたり世界は戦争によって形成されてきた。それにもかかわらず、戦争や暴力がいかに歴史を作り、世界の国境を書き換えてきたかという現実を子供たちに見せないように導くことは賢明な方法ではない。成功するためには道理をわきまえた行動をとることだと教えるだけならば、いつか屈辱されて深く傷ついたとき、子供たちがどうしてよいかわからなくなるだろう。何よりも悪いのは、それは子供たちを経済的な殺戮に対しても、平和裏にそして愚直に立ち向かわせることにはなるまいか。

ヨーロッパの国境を定め、その政治・金融制度を確立し、さらに宗教上の忠誠心を形成したのはすべて戦争であり、若い国家にイギリスからの政治的、経済的独立を獲得させたのは、米国の独立戦争であった。日本に200年以上の鎖国を終わらせ、開国させたのはペリー提督率いる黒船であり、ナチ率いるドイツの反ユダヤ主義を解決したのは第二次世界大戦であった。また西側の金融資本主義に対抗するロシアの共産主義を崩壊させるには冷戦が必要であった。

このことからもわかるように、歴史の流れを決めてきたのは公正な取引きにおける合理的な計算などではない。経済的な権力は、武力や威嚇、詐欺、公然と行われた窃盗によって手中に収められてきたのである。しかし、経済学者は、正当な価格は公正な市場均衡点で落ち着くと説明し、世界が公正であったことなどなかったにもかかわらず、世界が架空のしかも「おとぎ話」のようなすばらしい世界であるかのように、公正な市場がいかに機能するかという研究を続けている。一方、世界が実際にどう機能しているかの研究はなされていない。世界がどう機能しているかを知らずして、日本を含む正直な国家が、自分達の国を操作し、威嚇し、騙そうとする世界規模の略奪者から自国を守ることはできないだろう。したがって、軍事的征服者や弁護士、煽動政治家、腐敗した政治家や官僚、財界の詐欺師が、いかに歴史を作り上げてきたかを学ぶことから始める方が得策である。彼らが有利な立場を築くことができたのは、社会から土地や他の生産手段を不当な方法で奪取する一方で、司法制度や裁判長の立場を支配してきたからに他ならない。

内部事情に詳しい人間や投機家あるいは小搾取者が、土地を独占したり、顧客を経済的困難に追い込んで借金をさせたり、さらには相続税なしで子孫に遺産を譲渡したりすることでいかに優位な立場を築いてきたかという点にこそ、経済の研究の主眼を置くべきだと思う。社会制度とは、始めに既得権益を手にした者たちがその権力を利用し、維持するために、警察、教育制度、宗教団体などを支配することに由来するものであり、それが社会を構成する人々の間の応分の取決めだと考えるべきではないのである。

このような研究をしていけば、勝者が戦利品を維持し、さらにそれを肯定、正当化するために、武力による威嚇とイデオロギーを諸刃の剣として利用してきたことが浮き彫りになるであろう。

現実を形成しているのは、武力や他の圧力、または窃盗や詐欺行為なのである。さらに重要なことは、国家の支配によって権力が確立されるということである。国家支配のためには、不都合な政治ライバルが暗殺されたり、誘拐されたりすることもあり、それに協力した仲間には報酬が支払われる。しかし、こうした国家支配のための秘密工作の手口も、合理的なユートピアで生活していればどんなにすばらしい生活が送れるかということを示す経済モデルにはほとんど反映されることはない。

実世界で行われているのは、「いかに無償で利益を得るか」ということに集約される。政治内部に入り込むということは結局、何かを無償で獲得するための政治プロセスに加わることによって、社会からただで恩恵を受ける仕組みを作る立場に立つことなのだ。

無償の恩恵は、市場が耐えうる価格を設定することが可能になる「独占権」という形で与えられることもある。これこそ、イギリスの内部事情に詳しい者たちが17世紀から19世紀にかけて裕福になった理由であり、第三世界のエリートたちが20世紀に自らを富ませるために使った手法である。

公費を使い労せずして利益を得ることこそ、最も熟練した経済の勝者が行っていることの本質である。土地や独占権、その他の資産を実際の価値よりも安い価格で購入すること、しかも自分の存在を可能な限り隠してそれを行うことは、裕福になるための最も確実な方法である。その目的は自分自身ではリスクを負わず、社会や政府、あるいは国税当局やビジネス・パートナーにそのリスクを押し付けることにある。

歴史を一瞥すれば、経済のゲームは決まって何かを無償で勝ち取るためであったことがすぐに理解できるだろう。米国で最古の富豪の財産が築かれたのは、独立戦争勃発の1775年から1789年に憲法が発布されるまでの十数年間、共和国誕生のどさくさに紛れて行われた土地の横領に端を発している。無節操な土地の横領、およびマンハッタンの南端部にあるトリニティ教会の不動産にまつわるニューヨーク市の腐敗によって、その後2世紀を左右する権力基盤が築かれたのである。

征服王と呼ばれたウィリアム1世が1066年に英軍を破り、ノルマン人の仲間たちと土地を分割した。それがその後のイギリスの歴史を形成し、また英国議会上院の有権者を決定することになった。軍事力を背景にした土地の強奪は、いわゆる「原始的蓄積」であり、それは常に貰い得であった。

無償で何かを得るということは、無料で富を手にすることである。時にそれは、実際には発生しないリスクに対する代償という形をとる場合もある。リスクがあるように見えるが、実際には存在しないリスクを冒すことに対して高収益が与えられる。例えば1980年代半ば、米国の大口預金者は、最も腐敗の激しいS&L(貯蓄貸付組合)に預金することで割り増し金利を稼げることを知った。預金者がS&Lの商売が合法的ではないことを承知で預金していたため、S&Lはその高リスクに対し高金利で報いなければならなかったからだ。しかもS&Lが倒産すると、米国政府はFSLIC(連邦貯蓄金融公社)を通じて預金を保証したのである。

もう一つのリスクのない割り増しボーナスを手にしたのは不動産投資家である。彼らは銀行を抱き込んで不動産への融資を求め、自己資金はほとんどゼロで不動産を購入した。その融資に対して、不動産投資家は賃貸収入全額を担保に入れた。投資家が狙ったのは賃貸収入ではなく、不動産が値上りした時に得られるキャピタルゲインであった。もし価格が下がれば、ただ退散すれば良かった。

1990年以降、日本の不動産投機家が行ってきたのはこれである。貧乏くじを引いた銀行が不良債権を抱えて苦境に立たされると、政府は公的資金を使って銀行を救済した。不動産投機家の責任を追及して、過去に博打で儲けた売却益で債務を返済させることはしなかった。それどころか、仲間の不動産投資家や完全な詐欺師、無責任な投機家に融資を行い不良債権を作った銀行や株主に責任をとらせることもしなかった。

ニクソンは大統領時代、キッシンジャーや外交ゲームの理論家たちに、世界を舞台に自分の要求を押し通すには、他の国の指導者たちに、彼が狂っているのではないかと思わせることだと助言された。これでニクソンは有利な立場に立った。というのも他の指導者達は、米国の要求に屈した方が、ニクソンが癇癪を起こして世界の大部分を武力で破壊したり、秘密工作につながるような危険を冒すよりはましだと考えたからである。

社会生活は、経済的責任や市場の妥協とは性質が異なり、むしろチェス・ゲームに似ている。しかしそのゲームには変動要因が無数にあるため、必要な戦略をマスターするには一生かかる。いや、一生かかってもすべてを学ぶことは無理かもしれない。チェスとは違い、初心者が秘密工作や汚職、契約不履行といった戦略を学べる教科書はほとんどない。この契約不履行が、富を蓄積するための最も確実で費用が一切かからない方法の1つだということはあまり知られていない。今日では、不正を働いて不運な取引相手を裁判に巻き込んだ方が得策だというのが一般的な考え方である。告訴者が損害賠償を勝ち得るまでには裁判に長い時間を要するばかりか、高い弁護料を払った方が裁判の勝者になると決まっているからである。

窃盗が権力を得る最も簡単な方法の1つだとすれば、1989年以降(実際にはピノチェト将軍による1973年のチリのクーデター以降)行われている民営化は、歴史的に見ても最も重大な窃盗である。民営化については権威ある学術書が何百冊も書かれているが、それらはすべて民営化政策が社会にとっていかに生産的で良いものかという趣旨のものばかりである。そこには、チリの将軍、イギリスの投資銀行家、ロシアの元官僚といったエリートたちが、民営化によっていかに多くの略奪品を手にしたかについてはほとんど記されていない。

経済学の裏には権力が存在する。権力とは、権力中の、あるいは権力そのものの否応なしの拡大に対していかなる抵抗をも認めないことである。古来、富の蓄積を駆り立ててきた動機とは、それを生産的な投資に向けるためではなく、権力強化のために使うことだった。権力強化のため、ローマの役人に賄賂を与えたり、略奪的な指導者である主人が私設軍のために隷属平民を雇ったり、有利子の融資を行った後抵当権を没収したり、土地を獲得するといった手段がとられてきた。

富や権力の追求は、とりつかれた霊魂の具現となる傾向がある。経済的利益は究極の目標ではなく、近代の産業経済および金融組織経済における力の指標にすぎないのである。

多くの人々にとってさらに理解しにくいのは、国家および公的所有を形成することは、これらの資産を民営化するのと同じように権力を獲得し得るということである。心臓が収縮と弛緩を繰り返すように、民営と公営の両面で力が蓄積されるのである。

社会そのものを道理にかなったものにするには、抑制と均衡の仕組みを作ることでそうした行動を食い止める必要がある。しかし、権力を持ったエリートはすばらしく大袈裟な目的の虚飾に満ちた声明を用意したり、近代の操作的市場の持つ利己主義的性質を隠した結果を約束したりすることで、そうした社会の努力を阻害しようとするであろう。

この種の欺瞞が、現在世界的に繰り広げられている社会および経済のゲームの一部をなしているのである。経済理論そのものが摩耗しており、今日、学生たちが受ける経済教育は、世界が実際にどのように機能しているかを示す学術的な描写ではなく、特別利益団体を擁護するための粉飾的理論にすぎない。

したがって日本が行うべきことは、米国の大学に送る学生の数を減らし、将来の日本の政治家や官僚に、世界的ゲームという認識への妨げとなる「おとぎ話」を学ばせないことである。経済モデルの構築より、世界に対する穿った見方を含み史実を理解することが必要なのである。

コンセンサスを優先する社会ではこのような見方は簡単には受け入れられないだろう。米国に代表されるようなアウトサイダーからなる社会にこそ、より浸透しやすい。しかしそれは、たとえ米国が自国では理解していたとしても、海外へ輸出できるような知識体系にはなっていない。これは国際経済外交を混乱させるための秘密の方法や、日本や他の国に対してあたかも有益だと思わせて米国の命令に従わせる時に使う広報手段の特徴なのである。

惜しげもなく無料で提供される助言は、結局、自らの利益に資するためのものである。この教訓を学ばない限り、日本は自国の運命を自分達で決められるようにはならないであろう。

【引用終わり】  

Posted by らっっっきー at 23:50Comments(0)

2007年02月21日

金と人と見栄



 結局、人の行動原理は、見栄を張りたいということにつきるんじゃねーのだろうか。
 
 なんで、いい会社に入りたいのか。なぜ金を稼ぎたいのか、なぜ美しい女と付き合いたいのか、なぜ高級外車に乗ったリ、ブランドものを持ったり、自分が金を持ってると言ったりするのだろうか。なぜ自分の知識をひけらかしたいのか。なぜ自分が頭がいいと言いたいのか。なぜ背が高い事を自慢したいのか、なぜカッコイイことを自慢したいのか。

 それは見栄だからだ。
 そして、優越感を得たいからだ。そして、自分が優越感があり、人より優れていると、自分自身が信じたいからだ。そしてそういうことを信じている自分は幸せだからだ。
 
 大学受験もそうだ。自分が人よりすぐれているという事を見せ付けたくて、勉強するのではないだろうか。それは、意地と根性ではあるが、ただ勉強が楽しいというだけでは説明がつかないであろう。
 それは競争だからだ。人は、他人より自分が優れていると信じたいのだ。競争に勝っていたいのだ。
 
 転職を考えて、まず見るのは平均年収の欄であった。そして、ランクをつけて偏差値を作って、日銀に入ったり、ゴールドマン・サックスに入れたら、勝ち組とか、言葉を作り出す。
 それは簡単だからだ。価値基準を明確にして、数字にして、ランキングをつけて、これよりはあれが良い。あの人はこのランクだ。自分はあいつより上のランクだ。などなど。
 
 それを否定する意見も山のように聞いた。あまりにも下劣で下らなくて、浅ましくて、バカで本質が見えていないという批判だ。
 金を追う事や、地位や名誉ばかりを追い求める事は、単に空気を追うがごときむなしい事だと。それは何も本質的なモノではなくて、ただの価値基準だと。
 人はただ生まれて、ただ死ぬだけだ。短い人生の中で、人と比べて、むなしく無意味な競争を果てしなく繰り返して、どんぐりの背比べで、勝ったの負けたの、小さいことに拘って優越感を得たり、劣等感を得たり、存在しない「世間体」などという幻を信じて、それにとらわれていたり・・・。

 だがな。それでも、人は金とか名誉とかランキングとかを信じて、世間体を信じて、人が噂することを信じて、そして結局はそれに囚われて、生きていくのではあるまいか。。。
 自分が持ってるのは、ただ自分という存在だけだ。だとすると、その精神が何を信じようと自由であるし、結局囚われてしまうこと、流されてしまうこと、それは、どんな言葉を連ねようと、同じように精神届くものである以上、それは等価であるという事であるならば、結局のところ、何を否定しようが、同じなのかもしれない。

 タオの精神だ。まだまだ世間知らずだが、学んでいこう。  

Posted by らっっっきー at 00:51Comments(0)

2007年02月17日

蒲田暴走族刺殺事件



【引用開始】
http://news.goo.ne.jp/topstories/nation/20061203/bddd2aa8fa18251f8ab87f139ec74c95.html?fr=RSS
17日午前2時35分ごろ、東京都大田区蒲田のJR蒲田駅近くで、少年2人が4人前後の若い男らに刃物で刺され、1人が死亡、もう1人が軽傷を負った。少年らは地元暴走族に所属し、メンバーの1人に電話で「敵が来て刺された」などと話していたといい、警視庁少年事件課は殺人事件として蒲田署に捜査本部を設置、暴走族同士の抗争とみて逃げた男らの行方を追っている。
【引用終わり】

 ひどい事件である。
 そして世間の反応もひどかった。多くの人は、「暴走族(珍走団)」の事が嫌いである。なぜならば、うるさいし迷惑だし、怖いし、バカだし、カツアゲされるし、人を殴るし、鉄パイプでも殴るし、殺人もするし、窃盗もするし、要は犯罪集団であるし、しかも身近にいるし、邪魔くさいし、しかも警察はちゃんと取り締まってくれないし、さらに未成年だから、すぐ釈放されてしまう。

 このようにひどい事件なのであるが、ある掲示板では、「祭り」になっていた。
 それは、被害者の少年が、そのメンバーであった事で、「殺されて良かった」とか、「珍が一人減ってよかった」とか、「久しぶりに心暖まるニュースですね」などというカキコミが多かった。
 まあそれも分からなくも無いが、一種の極論であるし、人間として、どうかとも思った。
 何よりもひどかったのが、この被害者と親しい人の掲示板まで、アラしている人がいたことだ。十代の女の子なのだ。世間のことを何も分かっていない女の子なので、アラシにマジレスしたり、切れて住所をわざわざ公開したりしていて、あまりにも哀れで見ていられなかった。
 
 助けになれれば良いと思って、アラシは放置した方が良いよ。とか、同じような体験をした人のホームページのアドレスを教えてあげた。
 
 しかし、それにしても、若者同士が殺しあうってのは、切ないね。昔からあったといえばそうかもしれないけど、アメリカ化して、これがハジキで撃ち合うような世の中にだけはなって欲しくないものである。
   

Posted by らっっっきー at 23:28Comments(0)

2007年02月16日

ニュージー・ランドの規制緩和



 規制緩和によって結局何が行われたのか。
 興味深い事例をニュージーランドから学ぶことができる。
 グローバリズムとは、外国(主にアメリカ)の巨大資本による日本収奪の事である。それは日本に限らない。ニュージーランドでも同様だったのだ。
 規制緩和による国の収奪マニュアルがあって、同じようなことが日本でもニュージーランドでも行われたのだ。

「規制緩和に取り組む政治家や官僚を結集した国際的な研究が行われていて、政策実行のための共通の筋書きがあるのです。それによれば、議論をリードする中心的な政治家、官僚、民間人を持つことが非常に重要だとされています。また、ある種の危機感を創出し、人々に他に方法がないと信じさせることが大切だともいっています。さらに、いったん規制緩和のプロセスを開始したら、できるだけ急速に、できるだけ多くの政策分野で事を実行しろと述べています。」

 というように、外に対抗できなかったから、ヤラれたわけではなく、内から侵食して、ヤラれたのである。平和で豊かな国を作るのは難しい。


 



【引用開始】
http://www.saturn.dti.ne.jp/~chabin/economy.html#anchor1685676
ニュージーランドで何が行われたか(ジェーン・ケルシー)
 外国の方々にお話しするときに、ニュージーランドの経験から得たもっととも重要な教訓としてお教えしたいことがあります。それは、規制緩和のなるべく早い段階で、開かれた、活発な、しかも十分な情報に基づいた議論の場を持たねばならないということです。ニュージーランドではそれがありませんでした・・・。

 聞くところによると、現在日本では規制緩和への大きな力が働いていて、多くの人々は規制緩和を良いことだと信じているようです。とくに、官僚があまりに力を持ち過ぎていると大方の人々は考えています。しかし、大切なことは規制緩和とは官僚から市民に権力を移すことではないということを理解することです。それは、社会のエリート層の集団内での権力の移動であり、個人や市民のコントロールの及ばない経済エリートと世界市場の手に権力を与えることを意味しているのです。規制緩和は市民の力を強めるのではなく、資本と市場を強化するのです。これこそがニュージーランドの経験でした。・・・

 経済は危機状態にあり、だからこそ変革が必要なのだというのが彼らの主張です。経済は危機だと聞かされるたびに、より多くの人々が本当にそうなのだと信じるようになりました。これは単にニュージーランドだけの現象ではありません。規制緩和に取り組む政治家や官僚を結集した国際的な研究が行われていて、政策実行のための共通の筋書きがあるのです。それによれば、議論をリードする中心的な政治家、官僚、民間人を持つことが非常に重要だとされています。また、ある種の危機感を創出し、人々に他に方法がないと信じさせることが大切だともいっています。さらに、いったん規制緩和のプロセスを開始したら、できるだけ急速に、できるだけ多くの政策分野で事を実行しろと述べています。国民が先週の変化について考えている間に、来週の変化を準備せよというわけです。そうなれば国民はいつも状況対応で、決して議論をリードすることはないというのです。・・・

 ニュージーランドの革命のリーダーたちは今、世界を回って、彼らがいかにして変革を実行したかを各国政府に説き、同じ道を歩むように説いて回っています。彼らはよくいいます。「国民は、何が彼らのためになるかがわからない。だから、事前に事を知らせてはいけない。規制緩和の価値は、それを実行しなければ理解できないのだ」と。このような姿勢がわが国における民主主義の危機を招きました。ところが、あまりに多くの権力が民間部門に移されたため、私たちが勢力を盛り返し、民主主義的政権を作ったとしても、私たちの生活に影響を与える多くの分野で政府は力を行使できないのです。・・・

 貧困という言葉は、ニュージーランドでは一九八四年以前には使われませんでした。何年にもわたる規制緩和の結果、貧困状態で暮らすと見られるニュージーランド人の数は、一九八九年から一九九二年にかけて三五%増加しています。つまり、これらの人々が基本的生活水準に達していないのです。手許にある一九九三年の最新の統計では、六世帯の内一世帯が貧困状態にありますが、子どもの場合は三人に一人が貧困状態で暮らしています。ニュージーランドの若者の自殺率が、OECD諸国のなかで最高なのは驚くにあたいしません。・・・

 こういうわけで、ニュージーランドの規制緩和は成功だったという人に対しては、誰のための成功なのかと問いかけます。規制緩和は、私たちの社会を危機に陥れました。多くの人々と家族の生活を破壊し、約束していたはずの経済繁栄はどこにもありません。彼らは長期的な幸福のためには、短期的な痛みは仕方ないといいました。私たちは散々痛めつけられましたが、幸福がやってくるとは思えません。

 こうした経験を日本で回避することは可能です。しかし、そのためには実状をしっかりと知り、大胆に発言し、そのためのリスクを恐れない心構えを持たねばなりません。そして影響力と力を持った人々が、女性や、少数者や、力を持たない人々といっしょに声をあげる決意が必要なのです。孤立の中で闘っても勝利を得ることはできません。連帯してのみ、勝つことができるのです。そして、なるべく早い段階から闘いに立ち上がることが大切です。ニュージーランドでは、一三年の革命的変化の後で、元に戻ることは不可能です。また私たちの多くはそれを望んでもいません。旧来の官僚制と、福祉国家と、経済体制には多くの問題がありました。私たちに今必要なのは、まったく異なった、私たち自身の世界に向かって、いかに前進するかということです。

 みなさんには、私たちのような状況になる前に、違う道を行くチャンスがあります。そこで一番大切なことは、単に規制緩和に反対するだけの議論ではなく、あなたがた自身のオルタナティブな道、日本の民衆の利益に合致する、よりよい道を提案することです。それに向けてみなさんが建闘されることを祈ります。・・・


ディスカッション ルールを決めるのは私たち(司会 井上礼子)

内橋・・・こうして「社会的規制」も含む「例外なき規制緩和」がどうしても必要だ、ということになり、世論づくりが強烈に盛り上げられていった、ということです。・・・

 併せて中小零細企業の領域もゲートレス(垣根をはずす)な状態での開放が迫られた。そのためには「調整の思想」(中小企業の事業領域に大企業が資本力にものをいわせて殴り込みをかけたりしない、という考え方)もまた御破算にする必要があった。新たな利益チャンスの源泉を求めて、ということになります。

 第四に、すでに触れてきましたように行政独裁ともいえるこの国の政治の現状に対する市民の強い反発があり、それも強い追い風となった。すでに指摘したところです。

国民の間に高まる、このような空気を追い風として「官僚征伐」の装いも凝らした規制緩和が、急速に社会的正義へ、と昇華されていく。むろんその実態は、官僚製規制緩和が進行しているにすぎなかったのですが・・・。

 ケルシー ・・・この問題で私たちが人々に訴えようとしているのは、規制緩和を止めるのに政党や政府に頼っていてはだめだということです。政治的力を持ち、国の内外に連携を作り出すような新たな道を探らなければなりません。そして規制緩和によって権力を得ているもの、つまり政府ではなくて国際的な資本に対して圧力を加えなければならないということです。・・・

 規制緩和の推進者たちが、構造調整策と規制緩和を経済政策における技術的進歩と考えているのに対し、人間的価値を取り戻し、社会の現実とそれに対する責任を問題にしていくことが私たちに課せられた任務です。それは可能だと私は信じているし、その確信を持たなけれれば目的は実現されないのです。・・・
【引用終わり】  

Posted by らっっっきー at 21:03Comments(0)

2007年02月15日

転機は自分で作るもの



 今まで、考えまい考えまいとしてきた事を、怒涛のように考え始めた。
 とにかく一歩あるくたびに、「転職しよう。転職しよう。」と繰り返しているのであった。
 そして、今まで霧のように、靄のような中にいた気分が晴れ渡っていくような気分がすると同時に、不安感も押し寄せてくるのであった。
 
 見栄をはる。というよりも、自分がより良い状況に行く事ができるのではなかろうかという、期待感である。そして、何もかもがうまくいくような、希望に満ちた気分である。
 しかしこの先思うかもしれない。今こんな事をしなければ良かったと。。。
 人生は、選択と後悔の連続である。そして、いつも思うのは、何かをした事を悔やむ事は無いが、何かをしなかった事を悔やむ事が、本当に多いと言う事だ。チャンスを逃したと思う事が、とても辛いのであった。

 流れに身を任せてみると、結局どこにも行けなかったりする。
 頑張ってみようと思う。

 
   

Posted by らっっっきー at 23:28Comments(0)

2007年02月14日

「カローシ」を知ってるドイツ人




■なぜ働くのか????
 
 金を得るためか、やりがいを得るためか、それとも暇・楽を取るか、優越感を得る為か、女にモテる手段か、のんびりしたいからか、人助けをしたいからか、とりあえず生きる為なのか、この世界でのし上がる為なのか。人それぞれである。

■お金とは何なのか????

 金は物欲を満たすためか、優越感を得るためか、自己実現の手段か、人を助けるためか、モテたいからか、あると楽しいからか。。。。人それぞれである。


 働きすぎるということは、最悪だ。
 過労死や鬱病を生む。
 
 昔、スペインを旅した時に、ドレッドヘアのドイツ人の大学生の兄ちゃんと仲良くなった事がある。
 スペインの、サン・セバスチャンという街である。ちょうどフィエスタがあり、街中お祭り騒ぎであった。ホテルがないので、海岸で野宿することにした。
 彼は、日本の言葉に少し興味があったらしい。漢字とカタカナとひらがながあって、表音文字と表意文字があるんだろと、砂浜に書いていた。
 俺はいくつかの漢字を教えてあげた。

 彼は、「カローシ」という言葉を知っていた。日本人は働きすぎて死ぬらしいということを知っていた。多少誇張されて伝えられているのだろうか。しかし、本当に過労死する人が日本にはいるので、現実の方がもっと厳しいのかもしれない。
 
 彼は働きたくは無いと言っていた。
 でも生きていくためにお金は必要じゃないかと俺は言った。
 そう。それが難しいところなのだと彼は答えた。

 彼は今、何をしているのだろう。
 働きすぎることは最悪なのだ。だけど、働かないのもかなり最悪だということも俺は知っている。難しいところである。。。。

  

Posted by らっっっきー at 21:58Comments(0)

2007年02月13日

なぜ働くのか・・・なぜ迷うのか・・・




 人生に悩み中である。

 ここ一週間ぐらいで、人生を考え直した。まずそもそものハジメからして、なぜ自分は、この仕事をやっているのか。
 続けるのか、非常に迷った。

 そして結論を出す前に、たくさんの論点を考えざるを得なかった。友達にあって、かなりいろいろ話して、今後の行く末を考えた。




■やりたい事という幻想
 まずとにかく、仕事を何のためにやるのかと言う事から考えざるを得ない。
 結論を言えば、自分は、ある資格を取るために勉強していたのだが、もはやそれを諦めざるを得ない状況になり、こうなったら勉強に当てていた時間をもっと有効に生かす為に、もっとマシな給料の仕事に転職しようと思っているのである。
 
 さて、人生観は人それぞれである。
 人生は幻想であると言った人もいる。それもまた然りであろう。

 とにかく問題が難しいのである。まず考えはじめなければならない、その立脚点を見つけることすら難しい。だからいつもいつもいつもいつも誤魔化して、大変な問題を見ないようにして、毎日毎日を無難に過ごして、難しい事は明日考えようということになっているのである。
 それでも仮定に仮定を重ねて考えていこう。
 
・音楽業界に入り、バンドをやっている友達について。
・官僚を辞めて、資格試験を勉強している友達について。
・官僚になって、毎日朝の九時から夜中の三時まで働いて白髪だらけになった友達について。
・ドクターまで行ったけど、民間に行こうとしている友達について。
・生物学を志してカリスマ的に頑張っていた奴が、外資系銀行へ就職した事について。
・就職をせずに、司法試験勉強をしている友達について。
・外資系コンサルに就職するも、やめてしまった友達について。
・結婚したのに、アメリカの修士課程に留学した友達について。
・製薬会社に入った友達。
・いまだに大学に残って、もうすぐ卒業なのに、就職先が決まっていない友達について。
・もうすぐ三十になるのに、ドクターをやっている友達。
・ダンサーの友達。
・医学部に入りなおした友達。
・なぜか看護学校に入りなおした友達。



 要するにだ。
 なぜなのか。皆道を迷っている気がしている。
 ちゃんと卒業してから、まっとうに就職するという事が、一番ラクであり、マトモなのだという事は、学校を出てから分かった。
 マンガで学ぶ雇用問題のページがある。ダイの大冒険、ドラゴンボール、ジョジョの奇妙な冒険など、極論ではあるものの、危機感を煽るには、おあつらえ向きのページである。

 http://waratanews.blog67.fc2.com/blog-entry-428.html

 それを読めば、社会は厳しいのだということ。そして金が大事なのだと言う事。
 そして、今の情勢は、働く人たちに、どんどん厳しくなっているのだと言う事を知る事ができるであろう。


 まず、甘え、モラトリアムが大きいのでは無いだろうか。
 学生にとって、社会というものは、得体の知れない不気味なものに見える。働くという事が、両極端のイメージで捉えられる。ひたすら奴隷のように社畜として、こき使われて、過労死したりするというイメージ。そして、それとは逆に自分のやりたい事を実現する為の、自己実現の手段。
 天国と地獄。両方のイメージがある。

 地獄ということに関しては、⇒働くということは、それほど辛い事ではなく、むしろ楽しい事でもある。
 天国ということに関しては、⇒働くということは、雑用やくだらん事も多く、そこまで生き甲斐と言えるのは、たまにである。。。
 
 ということが言える気がする。
 そして、何よりも金が手に入る。何はともあれ自分で働いて食っていけるという安心感は、学生時代には味わえないものであるのだ!!

  

Posted by らっっっきー at 23:28Comments(0)

2007年02月12日

WINDOWSが起動しない時の救出法





 さて、いい加減にブログを再開しよう。

 NECのパソコンがぶっ壊れた。WINDOWS XPが立ち上がらないのである。
 NECのサポートはひどい。初期化しろの一点張りである。
 いろいろと思い出のファイルが沢山入っているのである。そうやすやすと、再セットアップなんてするわけねーだろ。何の役にもたたんサポートであった。

 いろいろ調べてみたが、ブート革命を使うとか、CD-ROMで起動する方法など、いろいろあった。
 しかし、一番手っ取り早くファイルを救う方法が見つかった。

■WINDOWSが起動しない時の、パソコンのファイルの救出法
・デスクトップのパソコンを開けて、ハードディスクを取り出す。⇒取り扱いは、細心の注意を払って慎重に。。。
・3.5 ハードディスク用 外付けケースを、家電量販店で買ってくる。
・ケースにハードディスクを入れて、生きているパソコンにUSBで繋ぐ。
・ファイルを拾う。
以上。


OWLTECH(オウルテック)のガヂャポンパッ! ってやつが一番簡単そうだったので、これにした。
なんとか復旧できた。。めでたしめでたし。

ところでWINDOWSもバグのことをセキュリティ・ホールとか呼ぶのをいまだにやめないんだねー。
VISTAも予想どーりバグだらけだしな。。  

Posted by らっっっきー at 23:28Comments(0)

2007年02月11日

NATURAL BORN KILLERS



NATURAL BORN KILLERS(79点)

映像がcool。PULP FICTIONの製作陣の作品。仲間すら撃ち殺す冷酷さには寒気がした。殺人、暴力すら、ただの番組のコンテンツに過ぎず、チャンネルの一つとして変えられてしまう現代。正にTOO MUCH TVである。橋の上で白いベールが谷に舞い、キスをするラブシーンは美しい。刑務所暴動の混乱シーンもすごい。回想シーンを一瞬ずつ挟んだり、想像の世界が背景に流れたり、アニメが挿入されたり、切って貼っての遊びが多い。過剰な暴力賛美はどうかと思うが、とにかくノリが良く、楽しい。日本人のレポーター、アホ女がおもしろい。/荒れた家庭にいたマロリーはミッキーと車で逃げ出し、親や周囲の人間を殺しながら、逃げる。インディアンの家で蛇に噛まれ、朦朧とする中薬局で捕まり、1年後テレビの取材をきっかけに脱走する。
  

Posted by らっっっきー at 23:28Comments(0)

2007年02月10日

YOU'VE GOT MAIL




YOU'VE GOT MAIL(73点)

トム・ハンクス、メグライアンは共に好感度高く、気持ちの良い映画。商売敵がそれと知らずにメールをやり取りする。また映画に彩りを添える様々な場面がセンスが良く、この女性監督の趣味の良さが伺える。義理の娘が歌う場面。ニューヨークの街並み。ボートハーバー。子供の本屋もいい感じ。
/恋愛モノの法則⇒到底くっつく事がありえないような状況設定があり、最終的に困難を乗り越え、くっつく。その困難とは、身分の壁、二人の共通の敵、性格の不一致、年齢差、周りの偏見、相手が魅力的過ぎる事、レズビアン、ホモなどなど・・・。その困難がリアルで、かつ大きいほど、客は納得し、応援する。そして、その困難に打ち勝ち結ばれると、観客はハッピーになる。
  

Posted by らっっっきー at 23:27Comments(0)

2007年02月09日

かもめ = seagull




 今日も軽くネタを書こう。
 何を書くかまっっっっっったく決まってない日は、とりあえず頭に浮かんだ単語を元にして書こう。

 よし、「かもめ」で逝ってみよう。

 お台場のモノレール「ゆりかもめ」など、かもめと言えば良いイメージがある。
 台場付近を歩いていると、たくさんのゆりかもめがとんでいる。たまにエサをあげている人がいるが、カモメの運動能力は、かなり高く、空中で急に方向転換することが可能である。空中にエサをばら撒くと、それに対して正確無比にキャッチするのだ。そして集団で、グルグルと一定の範囲を周回し、次々にエサをゲットする様は壮観である。そして、まっすぐ自分の方に向かってきて、すかさず方向転換するので、かなり恐いものがある。
 
 そして古文の時間に誰しもが習ったであろう都鳥は、実はこのゆりかもめの事ではないかという説がある。

【引用開始
 『伊勢物語』の「九段 東下り」より

ミヤコドリなほゆきゆきて、武蔵の国と下つ総の国との中に、いと大きなる河あり。それをすみだ河といふ。(中略)さるをりしも、白き鳥の嘴と脚と赤き、しぎの大きさなる、水の上に遊びつつ魚を食ふ。京には見えぬ鳥なれば、みな人見知らず。渡しもりに問ひければ、「これなむ都鳥。」と言ふを聞きて、『名にし負はばいざこと問はむ都鳥わが思ふ人はありやなしやと』とよめりければ、舟こぞりて泣きにけり。

 このように、「都鳥」は「隅田川にいる鳥で、体が白く、嘴と脚が赤い、シギ程度の大きさ、魚を食べる水鳥」とされているが、この条件に当てはまる鳥としてはユリカモメが最も近い。そのため、「都鳥=ユリカモメ」と推定されている。なお、ミヤコドリは嘴と脚が赤いものの体色は黒(腹部を除く)であり、英語名(Oystercatcher)の通り、食性はカキなどの貝類を食べる。このように両者は異なる。
【引用終わり】

 このように都と名前がついている鳥なんだから、京都の都の事を知ってるかいと、聞いているんですね。知るかっちゅーねん。

 また、かもめ肉というのがあるが、これは韓国料理において、豚の横隔膜と肝に間にある筋肉の多い部分の肉の通称名である。カルメギサルと言う。

 ところでオウムの村井というヤバイ人が昔いたが、この男は「かもめのジョナサン」が愛読書だったらしい。諸説あって、「かもめのジョナサンのような心境になった」とか、「かもめのジョナサンになってみせます」とか、いろいろと引用されている。ニュースを見て、こうぇーーと思った記憶がある。

【引用開始】
 『かもめのジョナサン』
 「ほとんどのカモメが、飛ぶことに関して学ぶのは、いちばん単純な事実だけだ。海岸から食べ物のあるところまで到達し、また戻ってくること」。ジョナサン・リビングストン・シーガルという名の風変わりな鳥を描いたこの寓話の中で、著者リチャード・バックは語る。「たいていのカモメにとって、大切なのは飛ぶことではなく、食べることだ。しかし、このカモメにとっては、食べることではなく、飛ぶこと自体が重要だった」。飛行は、まさにこの物語の意義を高める、象徴的行為である。この寓話に込められた究極の意味は、たとえ、群れや仲間あるいは隣人から自分の野心は危険だと思われても、より高尚な人生の目的を探求することは大切だ、ということだ(われらが愛するジョナサンもある時点で、自分の群れから追放される)。妥協せず自分の気高い理想を守ることで、ジョナサンは、超越という究極の報酬を得た。そして最後に愛と思いやりの真の意味を知るのである。
【引用終わり】


 宗教って怖いね。
 さて、「かめはめは」じゃなかった、「かもめはかもめ」と言えば、研ナオコの歌である。すんごく良い曲である。
 なんでかもめなんだろう。


 さて「かもめの水兵さんならんだ水兵さん白い帽子(ぼうし) 白いシャツ 白い服(ふく)波にチャップチャップうかんでる」で、おなじみ「かもめの水兵さん」が有名である。

 そして、「かもめ食堂」(荻上直子監督作品)という映画は面白そうだ。

 というわけで、いつも通りオチはなし。
 かもめーるでも使ってみるかな。。。  

Posted by らっっっきー at 01:08Comments(0)

2007年02月08日

不安をぶっ飛ばせ!





 仕事でミスをすると、かなりナーバスになる。
 有り得ないミスをすると、本当に引きずってしまう。
 
 自分に対する自信が無くなってしまうのであった。普段はかなり余裕をもって、世の中を見たり、俯瞰的に世界を捉えたりして、仕事であっても何でもある程度の余裕を持って、やっているのだが、これが崩れてしまうと、精神的に少し変調をきたしてしまう。。。
 将来とか、人間関係とか、何もかもが不安になってしまう。

 例えば政治家なんかをみると、本当に凄いと思う。
 もっとも嫌いな政治家と言えば、ブッシュ大統領であるが、唯一すごいと思うのは、あれだけ失策を行って、世界をメチャクチャにしているにも関わらず、あいも変わらず、人前に出て、くだらんことを喋って、へーぜんとしていられるという事だ。

 ウソをついて、外国に侵略して、何十万人という無実の人間を殺してるにも関わらず、それでも自分の非をほとんど認めることなく、へーぜんと開き直れるのだ。すごくないだろうか。
 コイズミだってそうである。年間に何万人という日本人が自殺していて、それが経済の失策に原因があるにも関わらず、それでもへーぜんとして、気にすることなく、オペラを見に行ったりできるのだ。
 どのような精神構造なのであろうか。
 感受性とか、敏感さとか、責任感とか、自分を責めるとか、そういうことが一切ないのであろうか。神経が死んでいるのではないだろうか。
  

 大嫌いなヤツラであるが、そこらへんは、少しはマネしたいと思う。
 精神衛生上、良くないのは、反省することであると聞いたことがある。何を言われようと、どんな罵詈雑言を浴びせられても、どれだけくだらん失敗をしようと、脅されようと、それでも改善する点は改善し、もはや凹む気持ちを引きずる事無く、俺はてめーーらなんかにぜってー負けねーーーーーと言えるような、そんな神経を持ちたい。
 自分を取り戻すのだ!!!!

 後は、たまには友達と飲んだり、お笑い番組でも見て、とにかく何もかも忘れて、大笑いする事だ。
 チュートリアルでも見て、笑っていよう!!
   

Posted by らっっっきー at 23:56Comments(0)

2007年02月07日

女は機械?? 版画でワイロ




 ある話題で、とりあえず誰でも一言語れるみたいなテーマが、ある時期に存在する。
 そんな時、自分が発言するのは、乗り遅れた感があって、普通にスルーしたいのであるが、とりあえず、「産む機械」発言について、俺も俺もって感じで語ってみよう。
 まず、「コトバジリ」を捉えて報道するのはくだらねーなぁ。まじどーでもいいわー。
 ってのが当初の感想であった。シカトシカトであった。

 が、まあこれはこの男(柳沢伯夫厚生労働相)全体の人格を考えると、氷山の一角がたまたまその発言だったわけで、更にここからこの男全体の問題追求までするキッカケになれば良いのではないかという気がした。
 それに差別的発言は何故かウケが良く、分かり易いようで、皆がなぜか飛びついている。そしてホワイトカラー・エグゼンプションとか、耐震偽装、共謀罪レベルのヤバイ問題では、皆何故か飛びつかないのである。まあどちらにせよ、これでこの男に対して、皆が攻撃するのであれば、別に良いであろうという気がする。

 さて、少子化問題である。仮に女性を機械に例えたとして、まあ男性を機械に例えても、別に「比喩表現」の言葉狩りをしても大して意味がない。問題は柳沢くんが、単に「頑張っていただきたい」としか言ってないところだ。
 アホかと。
 頑張れば何とかなる問題ではないのだ。また精神論かよ・・・。少子化問題は、今までの政府の対策が不十分であり、子供を産みたくても、家庭を持ちたくても、持てない人たちが増えたせいだと思う。
 それを大臣ともあろうものが、自分らの責任を棚にあげて、本人任せで、ただ頑張れという所が、浅すぎるのだ。
 
 また柳沢伯夫厚生労働相の奥さんは版画家で、癒着している企業がその版画を高額で買って、ワイロ代わりにしているらしい。
 そもそもホワイトカラー・エグゼンプションをアメリカに命令されて導入しようとしてるのもコイツだし、なんで出世した政治家ってこんなヤツばっかなわけ???  

Posted by らっっっきー at 00:51Comments(3)

2007年02月06日

SOUTHPARK4, 5




SOUTH PARK4~5(79点)

相変わらず、馬鹿で低俗なおばかアニメである。かなり楽しめた。
死んだケニーにソースを入れたら、ゾンビ化して、街中にゾンビがあふれる話。カートはヒトラーの格好でハロウィンに行くが、先生に捕まってしまい、KKK(クー・クラックス・クラン)の格好をさせられる。シェフはゾンビになって、マイケル・ジャクソンのスリラーを踊る。ゾンビのケニーを殺して一件落着。
アフリカの子供に募金をして腕時計が届くはずが、間違えて、現地の子供が届く。そして間違えて、カートがアフリカに送還される。そしてCMに出ていた女が、援助物資を独り占めしているのを見つける。そして、southparkでは、感謝祭の七面鳥が狂暴化したが、みんなで撃ち殺し、アフリカの子供は、七面鳥を持って宇宙人のように、帰っていく。
顔を整形する為に休んだ禿げの先生の変わりに、若いキレイな女の先生が来る。カイルのガールフレンドは嫉妬する。レズビアンという噂が立ち、みんなでレズビアンになる為にカーペットを舐めたりboxを舐めたりする。(分かる人には分かる)ガールフレンドは怒り、イラク人と交渉し、その女教師を捕まえさせ、太陽に撃ち込む。
カートが発掘した石を手に入れた女は、巨大化してゴジラのようなロボットになる。黒人の男や、アーティストの男が応戦する。変身する時に意味不明のアホな日本語をいうのが笑える。ケニーが死ぬと必ず"YOU BASTERDS!!"と言うが、だんだん義理で言ってるようなのが面白い。
  

Posted by らっっっきー at 23:28Comments(0)

2007年02月05日

運動靴と赤い金魚



運動靴と赤い金魚(88点)

ほのぼのしていて、温かみがあり、希望が持てるような映画。子供の笑顔や泣きそうな顔がよいちょっとダメな親父が、子供を見る時の誇らしげな笑顔がよい。妹の学校で、「私たちは国の花です!!」とみんなで言うのはかわいいが、驚きである。右手の人差し指を上げながら話すのはどんな意味があるんだろう。イスラムの女の子はスカーフが似合い、かわいいのだ。もっと世界の映画を見る事にしよう。  

Posted by らっっっきー at 23:28Comments(0)

2007年02月04日

ラフマニノフ






 ラフマニノフについて、書く。
 もっとも難しいピアノ曲は何かという問いに対して、ラフマニノフのピアノ協奏曲第三番であるという人がいる。
 映画「シャイン」では、世界で最も難しい曲という設定になっている。
 ピアノ協奏曲第三番も良いが、ピアノ協奏曲第二番も最高である。「のだめカンタービレ」で千秋真一が弾いている。
  俺も弾こうかなーと思うが、五ページ目ぐらいで、もう有り得ない世界に入ってしまうので、楽譜を見ながら曲を聴くだけになってしまっている。十年後ぐらいには、弾けるようになっているかもしれない。。。それにしても美しい。優美で可憐で華やかで、叙情性があり、ときおりメランコリックで、綺羅星が瞬くようである。
 この曲を聴き続けて、もう七年ぐらいになるけれど、聞くたびに新たな発見があり、飽きることがない。

 それにしてもピアノ協奏曲第三番については、「2004年11月に行われたワレリー・ゲルギエフ指揮、ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団の来日公演でのイェフィム・ブロンフマンによる演奏が、そのスピードとミスの少なさから空前絶後の名演として大きな話題となり、たびたびNHKに再放送を望む声が挙がっている」らしい・・・。


 これをyoutubeで見てみたのだが、これは、本当にすゴ・・・・・ィィィィィィィィ。。。。
 (Yefim BronfmanでYOUTUBEで検索してみよう。)

 もう言葉を失うとは正にこのこと。人類がピアノという楽器を使って、これほどまでの事ができるのかという事に、心底驚いた。
 体操で言えば、後方五回転捻りムーンサルトを10.00で決めたようなものである。バスケでいえばハーフラインからダンクシュートを決めるようなものである。

 もう人間技とは思えない正に神の領域であった。
 そして自分のピアノの才能に関して、身の程を知りまくるのであった。うまい人の演奏を聞くと、自分もああやって弾きたいなと思うけれど、あまりにも実力が違う人を見ると、もうやる気を全く無くして放心状態になってしまうのである。  

Posted by らっっっきー at 01:11Comments(0)

2007年02月03日

旭川の思い出




 大学生の夏休みに、自転車で北海道を一周した事がある。

 三週間ぐらいかけて、自転車で北海道を一周した。フェリーで苫小牧に着いて、札幌に行って、北大に泊まらせてもらって、スープカレーを食べて、知り合いにあって、そして旭川に着いて、ラーメン食べて、そこで出会った人に教えてもらった旭山動物園に行った。そして富良野にいって、美瑛にも行って、メロンを食べまくり、十勝まで行って、そして摩周湖、屈斜路湖見て、アイヌの里行って、網走まで行って、網走Tシャツを買って、流氷博物館行って、知床まで行って、滝のような温泉に行き、羊蹄山にも登った。サッポロビール工場まで行って、札幌に戻って、帰った。
 一つ一つの場所が今でも思い出せるし、良い人ばかりであった。

 北海道の自然は予想以上だった。北海道は広すぎて大変だった。そして思った以上にド田舎だった。エンエンエンエンと続く道をひたすら走ったのも、昔の思い出である。



 今日は、なんとなく旭川のことでも書いてみよう。
 旭川は良い街であった。
 夜までひたすらにトライアスロン用の自転車をこいで、着いたころにはもう真っ暗であった。基本的に宿を予約せずに、適当に決めるのであった。。。
 とりあえず、一日無言で150kmぐらい走り続けたので、疲れきっていた。
 そういうときは、出会いを求めて、新しい街で、人に話しかけるべきなのである!!
 とりあえず道に迷ったフリをして、そのへんにいたお水系の人に話しかけてみた。
 が、まったく地理に詳しくないようであった。
 旭川に名物って何かあるんですかと聞くと、
 「旭川って、ぜんぜん何もないんですよー」
 と、連れない返答で、逃げるように行ってしまった。
 確かに、旭川と聞いても、あまり何も浮かんでこない。



 とりあえず山頭火という旭川ラーメンを食べた。
 これはサイコーに美味しかった。トロ肉がサイコー!!だった。
 またブタのほほ肉を使ったとろけるチャーシューは、ひじょーに美味しかった。。。一日百キロも走っていると、普段では有り得ない量を食べる事ができるのであった。
 
 満腹になったものの、さて、いまだに宿が決まってなかった。
 そのとき自転車に乗ったとっても美しい人が通りかかった。
 交差点の信号で、この辺で良い宿は知りませんか?? と尋ねてみた。
 すごく親切に教えてくれた。
 さっきの人とは大違いであった。。。。近くに電話帳がある場所まで行って、宿をちょっと一緒に探してくれた。
 ほんとーーーに申し訳ないっす。ありがたかったです。
 北海道の人は、なんて親切なんだろうと思った。
 基本的に旅に出て、人に甘えてばかりである。。でもそういうことがあるから、旅は楽しいのである。
 ユースホステルに泊まることにした。

 そしてこのとき、当時全国的にはまったく有名でなかった「旭山動物園」をオススメされた。とても面白い動物園なので、何度も行ってますとの事。
 うーーーん。動物園か。とも思ったのだが、次の日に行ってみた。



 旭川から平地をひたすらチャリで走って、着いた。
 確かに予想以上に面白かった。オランウータンのもぐもぐタイムとか、もうじゅう館とか、白熊など展示の仕方に工夫がされていた。
 当時はまだアザラシ館はできていなかった。
 公園のように広々していて、のんびりした動物園であった。昨日の親切な人がオススメしていたのも分かる気がする。

 そして旭山動物園は、あれよあれよというまに、超有名な動物園になり、今ではテレビでも旭山動物園特集が組まれ、東京から旭山動物園のためだけのツアーがあるくらいである。
 すごい!! そして先見の明があったんだなー。

 とりあえず北海道はサイコー。また行きたいな。  

Posted by らっっっきー at 04:23Comments(0)

2007年02月02日

JASRACとは・・





 JASRACという利権団体がある。
 これは、もともとは著作権保護の為の曲使用料金の徴収の団体であるのだが、使用料取り立て利権がどんどん巨大化して、強引でボッタクリの手法が、日本中で蛇蠍のごとく忌み嫌われている通称「カスラック」という団体である。

 利権は使用料1000億円である。

 そして小野清子 さんがJASRAC理事長してた時の年収は、日本道路公団総裁(2,614万円)や日本中央競馬会理事長(3,000万円)を凌ぐ3,565万円であった。

 以下は、和歌山のレストランの事例である。あまりにもヒド過ぎる。そして裁判もメチャクチャである。 このトンデモメチャクチャ糞裁判の裁判長は「田中俊次」とかいうヤツである。何なんだこいつ??

 この「田中俊次」とかいうバカは、「将来的にも著作権侵害行為を続ける恐れがある」として演奏差し止めやピアノ撤去、損害金約190万円の支払いなどを命じる判決を言い渡したのだ。
 実際には犯していない将来の侵害に対して、ここまで重い処分を下すなんて、幾らなんでもおかしいだろう。そこまで厳しい処分をしなければならない差し迫った法益の侵害があるのだろうか。いくらなんでも行き過ぎである。ここまでしなければいけない理由があるか?? 
 こんな無茶をやってる団体がいて、こんな滅茶苦茶な裁判が罷り通るなら、日本の音楽文化が衰退していく一方ではないか。

 こいつらが音楽を愛しているわけがない。


 ホントニ、ニホンハ、「ホウチコッカ」ナノデスカ・・?? orz



 ■■和歌山のレストラン「デサフィナード」 VS カスラック■■
【引用開始】2chより。
・著作権を侵害しているとして日本音楽著作権協会から申請された仮処分で、ピアノなどの演奏を差し止められた和歌山のレストランが、使用料を払う必要のないクラシックやオリジナル曲だけを演奏していることを証明するため、ネットで協会に演奏の中継を始めたところ、仮処分抗告審で演奏を認める異例の決定が出された。協会はこれを不服として提訴。訴訟の判決は、30日に言い渡される。
 レストランは、和歌山市の「デサフィナード」。協会が2004年6月、著作権の管理を委託されて  いる曲を演奏しているとして著作権使用料を求めたところ、経営者の木下晴夫さん(56)が 「演奏のほとんどは著作権に触れないクラシックやオリジナル曲」と拒否した。
 協会は同10月、大阪地裁に仮処分を申請。木下さんは「使用料の必要な曲は今後、一切演奏しない」と約束したが、地裁は05年4月、「演奏内容を確認するすべがない」と演奏を差し止める決定を出した。
 これに対し、木下さんは曲目に問題がないことを示すため、店に音声付きモニターカメラを設置。演奏の様子をネットで流し、協会側にパスワードを知らせて常時確認できるようにした。
 結果、抗告審では、大阪高裁が「曲を確認できる状態になった」として仮処分決定を取り消した。
 協会の担当者は「演奏中止の仮処分が退けられたケースは聞いたことがない。オリジナルと称している曲も元の曲をアレンジしただけで、使用料は払うべきだ」と主張。翌10月、演奏差し止めと、著作権侵害による損害金約250万円の支払いを求める訴えを大阪地裁に起こした。
 木下さんは「仮処分決定が取り消されたのに、改めて演奏差し止めの提訴をするのは納得いかない。司法には正しい判断をしてほしい」と訴える。(一部略)

※以下、続報

・判決が30日、大阪地裁であった。田中俊次裁判長は「将来的にも著作権侵害行為を続ける  恐れがある」として演奏差し止めやピアノ撤去、損害金約190万円の支払いなどを命じる判決を  言い渡した。(抜粋)
【引用終わり】



■■週刊ダイアモンドのJASRAC特集■■

ttp://img.yahoo.co.jp/i/evt/magazine/news/08-1.jpg
ttp://img.yahoo.co.jp/i/evt/magazine/news/08-2.jpg

↑ちなみにこの特集に対して、JASRACは、株式会社ダイヤモンド社を相手取り、名誉毀損訴訟を起こした。。。
 そして、この記事は最も面白い雑誌特集の一位に選ばれたらしい。




■■↓以下はWEB世論。■■
50 :名無しさん@七周年:2007/02/01(木) 11:30:27 ID:CbgR0Umc0

放送局は100%出資の音楽出版社を持ってて JASRACに理事とか評議員を送り込んでるから批判報道なんて100%無理
日本放送出版協会 (NHK)
日本テレビ音楽 (日テレ)
日音(TBS)
フジパシフィック音楽出版 (フジテレビ)
テレビ朝日ミュージック (テレビ朝日)
テレビ東京ミュージック (テレビ東京)




67 :名無しさん@七周年:2007/02/01(木) 11:31:58 ID:KB1t90RY0

将来の罪で罰金って・・・・どこの国の判決ですか?




106 :名無しさん@七周年:2007/02/01(木) 11:37:25 ID:3OmT5JF00

>ジャスラックの横暴 投稿者:デサフィナード 投稿日: 1月30日(火)12時27分55秒
>ずさんな調査に法外な請求、包括契約の強要に犯罪者扱い。
>警告書を郵送し振り込ませようとする振り込め詐欺的な手法
>私は、ジャスラックの職員とは裁判になるまで一度も会ってません。
>包括契約の説明も受けていません。
>これって犯罪じゃないのかな・・・

あはははははははは
振り込め詐欺ジャン! 狂ってる!



231 :名無しさん@七周年:2007/02/01(木) 11:52:37 ID:XqxvygSH0
もうチンピラとかわらんじゃないか?



130 :名無しさん@七周年:2007/02/01(木) 11:40:07 ID:ETy/lzC00
カスラック職員の皆さん、天下りは犯罪です





133 :名無しさん@七周年:2007/02/01(木) 11:40:17 ID:c9wZ1oGs0
これは要するに、もう生演奏聞かせる店は存在しちゃ駄目って言ってるようなもんだろ。



225 :名無しさん@七周年:2007/02/01(木) 11:52:06 ID:Gc/rXlOg0
まぁこれでも見とけ。 ttp://www4.ocn.ne.jp/~swan/jasracpage.htm
これがまともな団体って言えるんなら、すごい精神だな。




■■文化庁からJASRACへの天下り■■
http://blog.japan.cnet.com/nakajima/archives/003395.html
文部省から天下った加戸守行など・・




■■JASRACとは■■
◆所在地 本部 / 東京都渋谷区上原3-6-12 地図03-3481-2121(代表)支部 / 全国主要都市に22支部
◆ 設立 1939(昭和14)年11月18日
◆ 役員一覧 ・会長 船村 徹 (⇒演歌作曲家の大御所と知られ、手掛けた曲は約4500曲)・理事長 吉田 茂 ・常務理事 加藤 衛 斉藤満雄 (泉川昇樹⇒ipod税による二重取りを画策している。)・常任理事 野木武壽 角山由美 菅原瑞夫 ・委嘱理事 松下直子 紋谷暢男 矢内 廣 ・理事 (作詞者) 荒木とよひさ、岡田冨美子、たかたかし、山田孝雄、湯川れい子(作曲者) 川口 真、三枝成彰、鈴木 淳、都倉俊一、平尾昌晃、三木たかし(音楽出版者) 朝妻一郎[(株)フジパシフィック音楽出版]、大竹 健[(株)ソニー・ミュージックパブリッシング]、猿田 清[(株)日音]、竹内 一[渡辺音楽出版(株)]、堀 一貴[(株)ホリプロ]、松井高俊[(株)ユニバーサル・ミュージック・パブリッシング] ・常勤監事 加藤正彦 ・監事 伊藤幹翁、大森昭男[(株)オン・アソシエイツ音楽出版] ・評議員会議長 湯山 昭 ・評議員会副議長 宮中雲子 ・評議員(50音順) (作詞者) 茜 まさお 荒川利夫 荒木とよひさ 有川正沙子 永 六輔 丘 灯至夫 岡田冨美子 小黒恵子 香山美子 さいとう大三 里村龍一 たかたかし ?畠じゅん子 たきのえいじ たなかゆきを 中山千夏 仁井谷俊也 野坂昭如 藤田敏雄 巻上公一 丸山圭子 三浦康照 水木れいじ 宮中雲子 もず唱平 山北由希夫 山田孝雄 湯川れい子 (作曲者) 有馬礼子 伊藤雪彦 江口浩司 大沢浄二 岡 千秋 叶 弦大 川口 真 国吉良一 桑原研郎 弦 哲也 越部信義 小林亜星 小六禮次郎 三枝成彰 櫻田誠一 周防義和 すぎやまこういち 鈴木 淳 都倉俊一 冨田 勲 羽田健太郎 平尾昌晃 穂口雄右 三木たかし 望月吾郎 湯山 昭 四方章人 若草 恵 渡辺宙明 (音楽出版者) 朝妻一郎 [(株)フジパシフィック音楽出版] 大竹 健 [(株)ソニー・ミュージックパブリッシング] 猿田 清 [(株)日音] 重松英俊 [(株)セブンシーズミュージック] 是澤宣治 [(株)東海パック] 竹内 一 [渡辺音楽出版(株)] 田中紘和 [(株)セントラルミュージック] 谷口 元 [エイベックス・ライヴ・クリエイティヴ(株)] 樋口紀男 [(株)バーニングパブリッシャーズ] 秀間修一 [(株)シンコーミュージック・エンタテイメント] 堀 一貴 [(株)ホリプロ] 松井高俊 [(株)ユニバーサル・ミュージック・パブリッシング] 宗像和男 [(株)BMG音楽出版] 吉岡正敏 [日本テレビ音楽(株)]  

Posted by らっっっきー at 01:33Comments(0)