2006年09月30日
インドにあって日本にない
【日本にないけどインドにある】
馬車。牛が道路に。道に穴。埃。すごいクラクション。牛糞。馬糞。空港にいる悪質なホテルに連れてくタクシー。観光客を狙い話しかけるトゥクトゥク。リキシャ。道を争う車。日本人を見つけ話しかける印度人。ぼろぼろ車。ぼろぼろのバスにゴミ。道に吐かれた唾や汚い赤い液体。スラム街。空港に片輪や赤子を連れたの物乞いや子供の乞食。盗人。停電。失業者。線路脇で野糞。食中毒。機関車と開いたドアと窓からゴミ。高級であるマック。
【日本の印象・・】
舗装された道路。高速道路。車線。大人しい日本人だらけ。キレイな車。キレイなバス。速度を守り走る車。すぐ物を盗まれない。ボッタクリなどを警戒しないで良い。安定電気供給。高級な日本車。なんと!生水が飲める。安全食物。まるで100年タイムスリップしたよう。トラックが地味、クラクションを鳴らさなくて良い。閉まった窓とキレイな床の電車地下鉄。なんと車にカーナビがある。信号のフライングが少ない。列割込みない。失業者少ない。街にゴミが落ちてない。バイクが皆メットしてる。低級であるマック。車が人を轢こうとしない。
2006年09月29日
2006年9月イランのアフマディネジャド大統領国連演説 全訳
お疲れ様です。今日会社で暇な時間に全文訳してみた。というよりエキサイト翻訳が異常に素晴らしい翻訳をしてくれる事が分かり、その補助をしただけになってしまったが・・・。とりあえず日本語訳のみを掲載してみよう。さて、本日の貴方のご機嫌は麗しゅう御座いますか? ではでは本題にザックリと切り込んで参ります。
ということで、イランの大統領の言葉は、真実味があり、暖かく、そして現実の矛盾をしっかりと突いており、その理性的であり、かつ理想を描いている。それは正に指導者にあるべき資質であり、日本とは大違いである。素晴らしく感動した。原爆投下の犯罪性について、述べているのに、その当事者である日本人が、この演説に全く関心がないというのが、バカアホマヌケの、世間知らずの愚か者という気がする今日このごろである。つまり、日本は米国という侵略的犯罪国家に言いくるめられているから、メディアでも誰も触れないのであろうか。まあ良い。もしこのページを見ている人がいれば、真の理想とは何か、それに思い至るかもしれない。
では、以下です。
"夫人大統領、国家首脳の皆様、代議員団の皆様、閣下、紳士、淑女の皆様。国際地域社会に注目させる沢山の問題を提起する為に、偉大なイランを代表して、この総会で演説できる機会を、私に再び与えられた、慈悲深く、すべてを知る万能な神を、私は賞賛します。私はまた地球を渡る人々の増加する警戒、異なった国際的な立場にある彼らの勇気ある存在、そして全体的な問題に関する彼らの意見そして抱負の勇敢な表現に対して、全能の神を賞賛します。
今日、人間性は、真実に全力を注ぐこと、神への献身、人間の威厳のための正義、統治と侵略の排除、圧迫からの防衛を、熱情的に懇願します。そして憧れる平和は、世界の人々、特に、侵略および不公平から自由になり、十分な愛と共感を熱望する新しい世代、勇気ある青年によって成り立っています。青年には、正義及び真実を追求する権利があります。そして青年は愛、共感と安定に基づいた未来を築く権利を有します。そして、私はこの広大な天恵のための全能の神を賞賛します。
夫人大統領、閣下。今日人間性を苦しませるものは、明らかに人間の威厳と相性が良くありません。 全能の神は、人が人に罪を犯し、圧迫するように創造などしませんでした。
戦争及び対立を、もたらすことによって、ある者は素早く統治を拡大し、すばらしい富を集め、そして資源すべてを奪います。その一方で他の者は結果としての窮乏、苦労および悲惨さに耐えます。
ある人たちは、武器と脅迫により、世界を支配します。その一方で他の者は永続的な危険と脅威に暮らします。
ある者は自分の国境から何千キロメートルも離れた他人の故郷を占有し、事件により干渉し、オイル及び他の資源そして戦略的なルートを制御します。一方で他の者は毎日彼らの故郷を爆撃され、彼らの子供たちは、彼らの国の通りや細道で殺害されています。
そのような行動は人間の状態に一貫していないし、真実、正義および人間の威厳に対して反対に動きます。根本的な質問は、そのような条件の下で、どこに圧迫された正義を探せますか。だれが、またはどんな組織が圧迫された者の権利を守り、また圧迫的な侵略行為を抑制するのですか。地球の正義の場所はどこですか。
最も逼迫した世界の問題に関する少数の例を見ることで、更に問題を説明できます。
A 。核、化学及び細菌兵器の放逸な拡張:
ある権力者は得意気に第二、第三世代の核兵器の生産を発表します。それらは何のためのこれらの武器を必要とするのでしょうか。平和及び民主主義を促進するようにこれらの致命的な武器の開発そして備蓄は設計されているのでしょうか。また実際これらの武器や機械は、他の人々や他の政府に対して脅威ではないでしょうか。どのくらい世界の人々は核・生物及び化学兵器の不快感と住むべきでしょう。これらの武器を作り、所持する権力者たちはどこまで行くのでしょう。彼らに、国際地域社会の責任を握られても良いでしょうか。そして、これらの国の住民は、無駄で有害な大量破壊兵器を生産するための富、そして資源の使用に賛成しているのでしょうか。死の機械の代りに正義、倫理および知恵に頼ることが可能でないでしょうか。核、化学及び細菌兵器よりも、平和と静けさと相性の良い知恵や正義はないのでしょうか。もし知恵、倫理および正義が勝てば、やがて圧迫及び侵略は根こそぎになり、脅威は枯れ、対立する理由は残らないでしょう。これは、強力な命題なのです。というのは、ほとんどのグローバル紛争が不公平から生まれ、自分の持つ権利に満足せず、他の権利をむさぼり食うように努力するような、不正義や力強さから生まれるからなのです。
地球の全ての人々は正義を包含し、その為のために喜んで犠牲になります。
世界的な権力者にとって、彼らの長寿を保障し心を勝ち取るには、核及び化学兵器の生産および拡散および使用の脅威継続よりも、実質の正義や同情、平和によって保証する方が容易でないでしょうか。
核兵器の脅威そして使用の経験は私達の前にあります。それは犯罪者のために、国家間の緊張、憎悪および憎悪心以外の何かを達成したのでしょうか。
B. 国々の支配及び敵意の再燃。
イラクを含む国々の支配は過去3 年間続きました。冷酷に何百もの人々が殺されない日はありませんでした。占有者はイラクに安全を確立することができません。正当な政府の確立およびイラクの国家総会にもかかわらず、危険を高め、拡大し、イラクの社会内の相違を加重し、内戦を扇動するための秘密及び公然の努力があります。
占有者には、不安定の源を除去する為の、必要な政治意志の徴候はありません。多数のテロリストは占有者によって様々な口実の下で、イラクの政府によってただ緩やかに取りしまわれました。
敵意及びテロリズムの増大は、イラクにおける外国勢力の継続的な存在に対する、口実となっているようです。
どこでイラクの人々は、非難を追求する事ができるのでしょうか。またイラクの政府は誰から正義を追求するべきでしょうか。
だれがイラクの安全を保障できるのでしょうか。イラクの危険は地域全体に影響を与えます。占有者自身が安全保障理事会の永久的なメンバーのとき、その安全保障理事会はイラクの平和・安全の回復に対する役割を担うことができるでしょうか。この点において、安全保障理事会は、公平な決定を採用できるのでしょう。
パレスチナの状態を考慮してください。
パレスチナ問題の根は第二次世界大戦までさかのぼります。その戦争の生存者の幾人かの保護を口実に、パレスチナの土地は何百万の住民の移動、戦争、侵略によって占領されました。; それは戦争の生存者の幾人かの制御の下に置かれ、戦争によって影響すらされなかった世界の他の地域からの、より多くの人々の集団をもたらしました。; そして政府は、何百万の合法的な住民の四散させ家が無い状態にするという犠牲を伴って、世界から集められた人々と共にその領土を確立しました。これは歴史の先例として大きな悲劇です。避難者は一時的な難民キャンプに住み続け、多くは彼らの故国へいつか帰る日を望みながら死んでいきました。この悲劇をどんな法律または法的理由付けが正当化できるのでしょうか。彼らの自身の故国に起こっているそのような悲劇を、国際連合のメンバーは受け入れる事ができますか。
Al Qods Al Sharifを支配する体制を作るための口実は、とても弱いのです。その為、その体制の提案者は、「既にそうなっているように、この体制の存在理由を弱体化させる事実の上で、その一条の光を提案者が恐れているのでは無いか」と、単に発せられた声を黙らせたいのです。
悲劇は他人の領域における体制確立で終わりません。残念ながら、最初から、体制は戦争を行い、血をこぼし、そして地域の国々の進歩を妨害する、中東地域の脅威や、常に脅威の源でありました。そして権力者によって地域の人々の分割、強制、および圧力の道具として使用されました。
これらの歴史的現実への参照は、この政治体制の支持者間の動揺を引き起こすかもしれません。しかしこれらは純然たる事実であり、神話ではありません。歴史は私達の目の前に開いたのです。
パレスチナの土地において、何が起きてるいるか見てみましょう。
子供たちは彼ら自身の街角や路地で殺害され、彼ら自身の家は爆撃されています。しかしどんな権威も、安全保障理事会ですら、彼らにサポートや保護を提供することができません。なぜか。
同時に、政府は民主的にパレスチナ領の選挙民の自由な選択によって形作られます。しかしいわゆる「民主主義のチャンピオン」のサポートを受け取るかわりに、大臣そして議員は国際地域社会の目の前で不法に誘拐され、監禁されるのです。
どの議会や国際機構がこの残酷に包囲された政府を保護する為に立ち上がるのでしょうか。そしてなぜ安全保障理事会は何らかの方策を行うことができないか。
レバノンについて言及させてください。
33日もの長い間、レバノン人は火炎及び爆弾の弾幕の下に住み、150万もの人が避難させられました。その間、安全保障理事会の何人かのメンバーは、目的を軍事的に達成する侵略者に十分な機会を提供する道を選びました。私達は実際に停戦を求めるある力によって無力になった国際連合の安全保障理事会を目撃しました。安全保障理事会は、カナのような悲劇が執拗に繰り返される間、レバノン人に対する残虐行為の酷い場面を、長い間目撃しながら、無駄に坐していました。なぜか。
すべてのこれらの場合に、答えは自明である。敵意の後ろにある権力それ自体が、安全保障理事会の永久的なメンバーであるときに、如何にしてこの理事会はその責任を満足に果たせるのでしょうか。
C。国際地域社会のメンバーの権利に対する尊厳の欠如。
閣下。
私は今イランの人々の不満のいくつかを参照し、それらに対する不公平不公平について話したいと思います。
イスラム教共和国のイランは国際原子力機関のメンバーであり、NPT に託されています。私達の核活動すべては透明かつ平和的であり、国際原子力機関の検査官の監視下に置かれています。だとするとなぜ、私達の法的に確認された権利に対して異議があるのでしょうか。これらの権利にどの政府が反対するのでしょうか。核エネルギーおよび核燃料サイクルから利益を得ている複数の政府です。それら政府のいくつかは核爆弾を平和的でない目的の為に核技術を、濫用しています。それは核爆弾の生産を含みます。そしてまた幾人かは、人類に対してそれらを使用したという黒い記録を持っています。
どんな組織又は議会がこれらの不公平に言及するべきであるか。安全保障理事会がそれを言及する立場にあるのでしょうか。それは国々の譲渡できない権利への違反を停められますか。それはある力が他の国の科学的な進歩を妨害することを防ぐことができるでしょうか。
脅威及び強制の道具としての安全保障理事会の濫用は、大いなる懸念の源です。
彼ら自身が国際的な扮装の当事者である時でさえも、安全保障理事会の幾つかの常任メンバーは、都合良く安全保障理事会の他のメンバーを脅し、そしてあらゆる決定の前でさえも、議会による異議申し立ての前でさえも、非難を追求します。質問は次のとおりです。: 何が安全保障理事会のそのような利己的な利用を正当化できるのでしょうか。これは議会の信頼性そして有効性を腐食させないでしょうか。そのような行動が、安全を維持する議会の機能に寄与するのでしょうか。
閣下。
先行する歴史的現実の検討によって、辿り着く結論は、遺憾ながら、正義は力及び侵略の犠牲者になったという事です。
世界的な多くの協力は、ある力からの過度な圧力の結果として、不公平で差別的で無責任なものとなりました。
ある力による戦争の核兵器、そして他の機械の脅威は、国家の権利に対する尊厳、そして平和と公平を維持・推進にとって代わりました。
ある力に取って、人権と民主主義の推進は、他の国家に対する圧力・強迫の道具として使用できる限りにおいてしか持続しません。しかしそれが権利を有する請求者の利益、民主主義のような概念、国家の自決の権利、人々の権利や義務に対する敬意などが問題になると、国際的な法・正義には居場所や価値が無くなります。これはパレスチナ人たちの選んだ政府が、シオン主義の政治体制にまで拡張されるサポートと同様に扱われるやり方において、露骨に表されます。人々がパレスチナで殺害されるか、避難者になるか、捕獲されるか、投獄されるか、または包囲されるか重要ではありません-- これらは人権を侵害していません。
国家は国際法によって確認される権利の行使において平等ではありません。これらの権利を謳歌することは、ある主要国家の気まぐれに依存しているのです。
見かけ上、安全保障理事会は、ある巨大権力の権利と安全を保障するためにだけ使用されています。圧迫される側が、爆撃され押しつぶされるとき、安全保障理事会は距離を取り、停戦すら求めません。これはすべての国のための安全保障に責任がある安全保障理事会の、歴史的な構成割合の悲劇では無いでしょうか。
今世界の相互作用の一般秩序は、ある力が国際地域社会と彼ら自身を一致させ、180 ヶ国にのそれに取って代わる決定を考慮するようなものです。彼らは彼ら自身が世界の支配者であり、他の国家は世界秩序の第二クラスに過ぎないと捉えています。
閣下。
答えを要する質問があります。:もし安全保障理事会の永久的なメンバーであるアメリカまたはイギリス政府が、国際法に違反し、侵略し、占領したとき、国連のどの機関が責任を持つのでしょうか。彼らが特権メンバーである議会は、彼らの違反に言及する事ができるのでしょうか。実際、私達は繰り返しその逆を見ました。もし彼らが国家または州との相違を有すれば、彼らは安全保障理事会に請求者としてそれを持ち込み、同時に、遂行者・裁判官の役割を不当に彼ら自身のものとします。これは公正な秩序でしょうか。より鮮やかな差別の例、そしてより明確な不正義の例があるでしょうか。
残念なことに、それらの排他主義的な方針を、安全保障理事会を含む国際的な意志決定メカニズムに課すことへのいくつかの覇権国の固執は、この最も普遍的な集団的な安全保障機構の真実性と有効性を弱体化させて、グローバルな世論における増加している不信用をもたらしました。
閣下。
どれくらい長い間、そのような状況は世界で続くことができますか? いくつかの強国の振舞いが、安全保障理事会と全体の組織、およびその系列政府機関の前の最も大きい挑戦であるのは、明白です。
現在、第二次世界大戦の遺産である安全保障理事会の構造、機能方法は現代への期待と人類の現代の必要性に敏感ではありません。
今日、安全保障理事会は、最も決定的に緊急に必要とするのは、合法性と有効性であることは、否定しがたいことです。理事会は、透明で正当で民主的な方法によって、全体の国際社会を代表して行動することができない限り、それが正統でも無く、有効でも無いという事を認めないといけません。
その上、拒否権の乱用と、合法性の浸食と理事会の有効性との直接的な関係は、現在、明確に、明白に確立されました。 そして、私たちは、理事会の構造と働きを改革する事無く、不公平、賦課、および圧迫を根絶または、均等な封じ込めをする事を期待できませんし、またそうするべきでもありません。
この世代が半世紀前の上で確立された決定と、取り決めに従うと予想するのは適切ですか? この世代または次世代には、彼らが生きたがっている世界に関して自分たちについて決める権利がありませんか?
今日安全保障理事会の構造と働きにおける重大な改革は、以前にもまして、ますます必要です。正義と民主主義は、国連の最も高い機関として総会の役割を敬意を払わなければならないと決めます。 総会は、次に、適切なメカニズムを通して、組織を改革する仕事を引き受けて、現状から、特に安全保障理事会を救うことができます。 その間、非同盟運動、イスラム会議機構とアフリカ大陸には、それぞれ代表が、拒否権を伴って、安全保障理事会の常任理事国としているべきです。 結果として起こるバランスは、希望を内包しつつ、国の権利がさらに踏みにじられる事を、防ぐでしょう。
夫人大統領。
閣下。
精神性と倫理学が国際関係において、それらの正しい場所を見つける事は、不可欠なことです。聖なる予言者の教えの観点から達する倫理学と精神性がなければ、正義、自由、および人権を保証することができません。
高い能力と敬虔で公正な人々による倫理学、精神性、および支配を観測するのにおいて、近代における人間の危機に対する解決があります。
人間の権利に対する敬意が支配的な目的になると、不公平、短気、攻撃性、および戦争は消え去るでしょう。
人間は、神の生物であり、威厳と敬意をすべて授けられています。
だれにも、他のものの上の優越がありません。どんな個人も、国も特権を自分たちの為に横領することはできません。また他のものの権利を無視し、影響力と圧力を通して、彼らは彼ら自身を、'国際社会'として置くことはできません。
アジア、アフリカ、ヨーロッパ、およびアメリカの国民は皆、等しいです。地球の60億人以上の住民は、皆等しく敬意に値します。
人間の尊厳の保護と正義は、世界で持続可能な平和、セキュリティ、および平静の維持において2本の柱です。
私たちが述べる事がこの理由であります。
世界の持続可能な平和と平静は、人間としての尊厳に対する正義、精神性、倫理、同情、および敬意を通してのみ達することができます。
全ての国と地域は平和、進歩、および安全の権利を与えられます。
私たちは皆、国際社会のメンバーです。そして、同情、愛、および正義の風潮の創造を主張する権利を与えられます。
国連のすべての加盟国が、今日の世界で苦く甘い出来事と発展の両方によって影響されます。
私たちは現在の、そして、将来の世代より良い人生の見通しを改良しながら、その結果堅実で論理的な決定を採用することができます。
私たちは苦い疾患と苦悩のルーツを一緒に、根絶することができます。そして、倫理、精神性と正義などの普遍的で永久的な価値の促進を通して、私たちの国々が、より良い未来の甘味を味わうのを許容します。
彼らの神性によって駆り立てられた人々は、本質的に良い事、美徳、完全性、および美を求めます。私たちによって、我々は改革に向かって、大きな一歩を踏み出す事ができます。また人間の完全性の為に道路を舗装することができます。 私たちがそれが好きであるか否かに関係なく、正義、平和、および美徳は遅かれ早かれ、全能の神の意志がある世界に行き渡るでしょう。それも、必須であって、また、望ましく、そして私たちもまた、正義と美徳の促進に貢献します。
万能神と慈悲深い神、宇宙の創造者である神は、またその支配者であり統治者です。正義は主の命令です。主は、主の創造物が退廃と不正ではなく、良き事、美徳、および敬虔さで互いを支えあう事を命令します。
主は、主の創造物に対して、お互いを、罪や違反ではなく、正義と美徳を要求するよう命令します。すべての聖なる預言者、預言者アダム(彼に平和あれ)、マホメットモーセ(彼に平和あれ)、預言者イエス(彼に平和あれ)、預言者ムハマド(彼に平和あれ)が、人間性を、一神教、正義、兄弟愛、および同情と呼びました。一神教、正義、愛、および人間の権利に対する敬意に基づき、憎しみを友情に変えるような、より良い世界を築く事は可能ではありませんか。
私は、以前よりも、ますます強調して宣言します。現在の世界は、愛をこめてすべての人類のための、正当さと公正さを望んでいます。そして、何よりも、完全な公正な人間と、すべての民族に約束された正義を確立し、この惑星における正義、平和、兄弟愛を確立する本当の救世主を切望します。
ああ全能の神よ。すべての男性、および女性はあなたの創造物です。そして、あなたは、彼らの指導と救済を定めました。正義を渇望する人類、あなたによってすべてに約束された完全な人間を授与してください。そして、私たちを、彼の追随者に入れてください。そして、彼の帰りと彼の大義を求めて努力する人々たちに私たちを入れてください。
2006年09月28日
2006年9月イランのアフマディネジャド大統領国連演説
イランのアフマディネジャド大統領が2006年9月に国連で演説を行った。これもアメリカを批判するものであり、大きな反響があった。しかし日本のメディアでは、ぜんぜん報道されていない。さて、本日の貴方のご機嫌は麗しゅう御座いますか? ではでは本題にザックリと切り込んで参ります。
要は、日本という世界の片隅にある変な国が、ものすごい信じられないくらいのバリバリのドドドドドドドドドドドドドドド田舎であるという事なのだ。世界では、反米の嵐が吹きまくっているのにも関わらず、バカでアホで田舎者で何も知らない時代遅れで愚かで、くだらない事にばかり現を抜かしている小民族日本人だよ。しかし俺はそんな日本人がちょっと好きだよ。。(ぽっ)
俺も日本人だし。
まあそんな事はさておき、イランのアフマディネジャド大統領が演説したのであるが、その日本語訳が見つからない。手抜きが大好きで、めんどくさいことは大嫌いで、誤字が見つかっても直すのは後でという俺が、翻訳に挑戦してみましたよ。二日間にわたって。長かった・・・。
注目すべきは、『人類の核兵器の使用の経験』について、述べられている部分である。これは何のことか、お分かりかな??
そう、「広島の原爆」「長崎の原爆」のことだよ。国連で、ちゃんとその事に触れて演説しているのに、日本人は、なーんも知らないし、気づかないんだね。イラン料理屋にでも言って、イラン人の平和へのメッセージに感謝するべきだ。 続きを読む
2006年09月26日
ベネズエラのチャベス大統領が、国連でブッシュを悪魔であると批判!!!
このニュースを聞いて、どう思うだろうか。「何者だこいつは。頭おかしいんじゃないか。良くもそんなヒドイ事を言えるもんだ。おかしな過激派かよ。。」そんな風に感じないでしょうか。チッチッチ・・そんな貴方は、メディアにだまされてますよー!! って感じだけど、皆様ご機嫌ウルワシュー御座いますか?
一番下に、チャベス大統領の演説の全訳をおいておきます。メディアのバイアスに騙される前に、全てを自分の頭で考えてみる事が、情報化時代の鉄則ですね。
俺はすごく感動した。チャベス大統領は、まさしく命がけで、その国連演説の舞台にまで辿り着いたのだ。そのような過激な言葉さえ、穏当なものに思える。戦争で沢山の人を殺したブッシュがいる。そしてアメリカがベネズエラでチャベスを失脚させる為に仕組んだクーデターや暗殺未遂など、それらを乗り越えて、民主的に選ばれた大統領としてのチャベス。
彼は実際にアメリカの内政干渉によって、殺されそうになったのである。不屈の意思で、それを跳ね除け、クーデターを失敗させた。彼こそ正に虐げられ続けた世界の何億もの人にとってヒーローではないかと思う。
(引用)
昨日事実上、〔アナン〕事務局長は別れの演説をしました。彼は過去10年間に、物事が更に複雑になったことを認めました。飢餓、貧困、暴力、人権侵害は一層ひどくなりました。これが国際連合という機構の瓦解と、米国の覇権的野心の途方もない帰結なのです。議長、数年前ベネズエラは国際連合内における戦いを開始する決心をしました。国際連合を認知することによって。その加盟国として、そして我々の声を、我々の見解を加えることによって。我々の意見は、国際体系の改革や平和の探求および威厳を代弁する独立した声なのです。この惑星の覇権的な勢力の迫害や攻撃性を非難する声。ベネズエラはこの様にして自らを提示しています。ボリバル〔南米独立の英雄〕の祖国は、安保理非常任理事国の議席を追求してきました。さて、これまで、ベネズエラが安保理の議席に自由に選任されるのを妨げる、米国政府によるあからさまな攻撃、不道徳な攻撃がありました。帝国は真実を恐れており、独立した声を恐れています。それは我々を過激派と呼ぶのですが、彼らが過激派なのです。また、投票が秘密で、物事を表明する必要がないにもかかわらず、ベネズエラに対する支持を丁重にも表明してくれた全ての諸国に私は謝礼を申し上げます。一方、帝国があからさまに攻撃した故に、多くの諸国の確信を強固にしました。そして彼らの支持が我々を強固にします。
(略)
ベネズエラを代表し、我々の人民を代表し、また真実を代表して、私は皆に心から感謝します。なぜなら、安全保障理事会の議席を伴ったベネズエラは、ベネズエラの意向を表現するのみならず、世界の全ての人々の声となり、尊厳と真実を我々は守るからです。以上全てに加えて、議長、そこには楽天的になる理由があると私は思います。詩人ならば「救いようのない程に楽天的」と言うでしょう。なぜなら、戦争や爆弾や侵略及び予防戦争、また民族の破壊とは別に、新しい時代の夜明けを人は見ることができるからです。
(引用終わり)
俺は社会主義自体には、けっこうかなり懐疑的ではあるが、それも国や地域によりけりかなと思う。少なくとも、アメリカ的な外国侵略国家に比べたら、マシなのかなと思う。実際にベネズエラ国内のアメリカよりの石油会社のストライキがあった数年間は、経済も停滞したものの、その後は改善に向かい、貧困層も減少している。少なくとも南アメリカの国々のように、行きすぎた至上主義や自由経済によって、富の偏りが著しく、貧困層の拡大、スラム化、社会の荒廃がひどい国においては、一度根本的な改革をしなければ、荒廃する一方なのかもしれない。
どちらにせよ。やはりチャベスはすごいと思う。どうか暗殺されないように祈るのみ。なーむー。
また余談ではあるが、2ちゃんねるのチャベスのスレッドでは、アメリカからの工作員が定期的に書き込んでいて、幼稚な罵倒や、あからさまな世論誘導をしようとしている。そして、文鮮明や統一教会については、どう思いますかと聞くと、あっという間に退散してしまうのだそうな。まじ笑える。
演説全文は以下 続きを読む
2006年09月26日
国が愛国心を促そうとする理由は?に答えた。
戦争時においては、愛国心の強い国民のいる国家が有利です。天皇の為なら死んでも良いという人や、アメリカの為にテロリストを憎むという人などが居た方が、戦争を遂行する政府に取っても都合が良いわけです。だから「教育で愛国心を教える」という事は、「中国・北朝鮮などを仮想敵国として」「戦争のできる国家にする」という事とセットだと思います。よって、警戒すべきだと思います。
第二次世界大戦以前においては、徐々に徐々に、国家神道の天皇中心主義のイデオロギーが国中を支配して、従わない人を弾圧するという体制ができあがりました。その中で、教育は重要な役割を果たしていました。子供を洗脳する事は簡単であり、体制側に取って都合の良い人材を大量に作る事ができます。
また大多数の人にとって、故郷を愛する事は自然な感情ですが、それを政府が押し付けるというのは、憲法の思想・信条の自由を侵害するものであり、違憲です。愛国心には二種類あります。
1)郷土を思う自然な愛国心
2)国家が国民を強制的に政府に従わせる事
うざいネットウヨや石原シンタローくんたちは、この二つを意図的に混同します。?を悪く言うなんてこの非国民が!!という感じです。
また、国の保有する戦力についてですが、イラクやチベットのように、侵略される側の悲劇を考えれば、ある程度の軍隊、抑止力を持つ事は必要ですが、軍事というのは、巨大な利権を生むものです。現在のアメリカやイスラエルのように、軍産複合体が異常な程巨大になっている国もあります。
日本はこのような軍需利権の拡大を目指す事とセットになって、このような思想的な右傾化が進んでいると思われます。よって「愛国心教育」というのも、その一環と捉えるべきで、警戒すべきだと思います。
2006年09月26日
安倍晋三の教育改革は徴兵制に繋がる?に答えた。
下で常識のある方が、現代は近代兵器による短期戦が主である為、徴兵制度は非効率的であるという、至極もっともな考えを述べてくださっています。それは全くその通りですが、戦争は軍隊だけで行うものでもありません。例えば航空自衛隊が現在イラクで行っているように、武器弾薬など戦場における物資の輸送などは、練度の高い兵士で無く、車の免許さえ持っていれば、誰でもできる事です。輸送部隊が襲撃される事もありますが、そんな事で貴重な兵力を消費するよりは、練度の低い素人に任せた方が、良いわけです。また現在では、自衛隊志願者が多いですが、実際に戦争が始まった時、今と同じように志願者が多くなると思いますか? いくら高給であっても、死ぬ危険がある事に志願する日本人が、そこまで多いでしょうか。現にアメリカでは、志願兵が減少しています。長期的に見た場合、徴兵制も全く考えられないわけではないですし、警戒ぐらいはしておいても良いと思います。
また強制ボランティアという制度に問題があります。 まずボランティアとは、【自ら進んでする、志願{しがん}する、自発的{じはつてき}にやる】という意味ですから、「ボランティアの強制」というのは、「戦争は平和である/自由は屈従(くつじゅう)である/無知は力である」というのと同じくらい、矛盾した言葉ですね。それはボランティアではなく、「ただ働きの強制労働」です。私としては、若者に対する強制労働義務化というのは、外部と隔絶した空間での、集団生活によって、若者に対するマインドコントロールをすることが目的ではないかなと勘ぐってしまいます。そもそも選挙権が無く自分で選んだわけでも無い政権に、強制労働をさせて良いと考えるなら、非常に無責任で身勝手な考えではないでしょうか。
二世代前から統一教会とズブズブの付き合いを続けている安倍ですから、統一教会的なカルト宗教の影響を無視するわけにはいきません。強制労働という構想が出てくる事自体カルト的だと思います。カルトとは「狂信的で異端的な洗脳型の集団憑依(ひょうい)。異常な教祖への忠誠を信仰とし、思想的には幼稚、無内容か矛盾のおおい粗雑な寄せ集め知識を教義とする反社会的な疑似宗教。」(オウム(今は、アーレフ)、エホバの証人、統一教会、ヤマギシ会の子どもの例がイミダス2004に載っています。)のことです。長期間の集団生活において、政府に従順な人間にマインド・コントロールすることは可能ですし、政府に都合の良い人材を作ることもできますし、国民統制にも繋がります。
統一教会と関係の深い、戦争大好きな人間が、総理になると国民は大変ですね。
2006年09月26日
パタヤ旅行記
昨日の続きです。皆さんご機嫌売るわシューございますか? さてパタヤにバスで向かった。三時間ほどでついた。明るい。アメリカ人ばかり。南国風で、リゾート地である。ソンテウに乗ると、おばちゃんたちに囲まれ40バーツでいけるよと相談して教えてくれた。
街はかなり発展している。海岸に出た。タイ人の女の人がウロウロしていて、話しかけてくる。ベンチに座っている。もう夕方であった。ここは一方通行が多く、海岸線では南に向かって走る。サワディーなんたらホテルに泊まる。割とコギレイなホテルであり、受付のねーちゃんに、話しかけて、2000バーツでどーだとかと、冗談を言っている日本人男がいた。そして、白人の女性と久しぶりにあって、抱き合っていた。うーむ。なんなんだろー。
さて、荷物を置いて、外へ。海岸を歩く。ビーチの幅が狭く、すぐ海である。写真を撮る。
(略)
さて、次の日。
前日は、なかなか微妙な目にあってしまった。。。貴重な体験であったとか、いろいろ言えるけれど、まあ今日は楽しく過ごそうという事に決めた。
だるーく寝ていた。疲れが取れていない。ようやくおきて、朝食のビュッフェをとる。昨日の日本人男がその白人と一緒にメシ食ってた。ふーん。
さて、海岸を歩く。とにかく頭がぼーっとしていた。ビーチのパラソルに寝る。20バーツで、寝ていると、コーラはどうだと女の子がくる。18歳くらいで、ぽっちゃり癒し系。足マッサーをやってくれるという。非常に気持ちよい。はっきりいって、後にも先にもこれほど気持ちの良いマッサージなどなかった。オイルを塗って、ツボを刺激してくれる。頭がとろーっとしていたので、波のザザーっという音と、晴れた空。心地よい空気。心地よいパラソルの日陰。思わず眠ってしまった。この気持ちよさは、なんだったのか、体調のせいもあったのか。思い出すと、ひたすらあまーーい時間と、感覚であった。
子犬をもてあそんでいる人たち。ボートにのって、どっかへいってしまう。
海岸沿いの道を歩く。このような街は、カルフォルニアやハワイにも同じような道があるのだろうか。昔パタヤは、ベトナム戦争の兵士たちが寄る街であり、アメリカ人が発展させたのである。近くには、米軍港もあるとか。
カオサンで入れたヘナのペインティングにあうペンダントを昨日買った。会社で働くときには、考えられないファッションである。そして、その方が自分にとって自然である。
そして、デパートの中にあるbelieve or not博物館に入った。よくある騙し絵とか、トリックアートとか、ちょっと気持ち悪いもの、不気味なもの、人間の多様さが分かるものなどがおいてある。まずホログラフィーで、これを集めた有名なリプリーという男が喋りかけてくる。書斎から。世界一高い男の人形。舌が伸びる男とか、シロクロ映画で、マンハッタンを口にくわえたロープですべる女など。。。。まあ、かなり暇つぶしになるし、面白かった。自分的にはツボ。
さて、ラン島で泳ごうと思う。そのあたりで、水着を200バーツで買う。ソンテウで、港まで。すごい日差しであった。まぶしい。白昼夢のよう。まっすぐに続く船までの道。そのへんで、肉まん、シューマイが売っていたので買って食べた。
出航の時間。30分置きに出ていた。船には、坊主や外人、タトゥーの日本人など。満載であった。ラン島までは約30分。イチャイチャしてるカップル。日本人男とは、あまり話したくなかった為、近くには寄らず。
水はキレイである。エメラルド。さて眠くなってきた。サングラスをかけて、一人でいる日本人風女がいた。席を移動して寝た。目を覚ますと、目の前にその女がいた。何やら自分の写真を撮られているような・・・。また寝た。すぐ口を開けて寝る癖がある。
さて、着いた。話しかけてみる。
「日本人ですか??」
「のーわたしはかんこくじんでーす」
「あー。あんにょんはせよ。ちゃるぷったくはむにだ。おでぃへかすむにか??」
「おーゆーすぴーく こりあん??」
「りとーーるびっと」
などと言う具合で、BoA好きだからこそ、ちょっとは話せる韓国語で、少し会話してみるのであった。誰だってそうだが、自分の国の言葉を知ってる人とは、仲良くなりやすいのである。俺は英語・フランス語・韓国語・タイ語・中国語・ドイツ語・・・などの、挨拶程度を覚えているのであった。どこに行くのですかと聞くと、ハングルのガイドブックを持って、ここのビーチが良いという。ふーん。なるほど。じゃ一緒にいきましょー。となった。
やはり旅は道連れであるし、できれば旅先では可愛い女の子と一緒の方が楽しい。さて、降りる。バイクタクシーでいく。細い路を走る。道路工事をしている。暑い。俺が先に。しばらくいくと景色がキレイなところがあり、記念写真。
ビーチに着いた。トップレスの白人たち。わりときれいなビーチ。その子は既に下に水着を着ていた。俺は近くのトイレで水着に。汚い。黒いメス犬がウンコしていて、目があった。
さて、およごー!!! いえーーーーーーーーい!!! ひゃっほーーーーーー。
とはしゃいだ。ゴーグルをもってくればよかった。水に浮いて、プカーッと浮いていると幸せである。水は、白くにごっているが、色が美しい。遠くまで行くと足がつかない。ロープにつかまろうとすると、遥か下にあり、白人カップルが笑う。荷物を気にしつつ、久しぶりの海。一年半前にインドで泳いだきりである。その間には、会社帰りにプールで泳いだきりである。それでもそんなに久しぶりのような気がしない。如何に毎日が何事も無く、早く早く過ぎ去っているかが分かる。
さて、その子にゴーグルを借りて、元水泳部として、鬼のように泳ぐと、対抗してくる胸毛のあるおっさんがいて、全力でおよいでいた。
さて、モーターボートの交渉をする。二人で30分で、800バーツということで。これはまあ島なので、多少高いのは仕方ない・・。さて救命具を着て、後ろにタイ人のマッチョな男が乗って、いざ人生初のモーターボート。めちゃくちゃはねるし、速い。面白い。そして水しぶきがすごく、顔にかかり、目が開けられない。そして、波はオフロードのようで、びったーん。ういーんさざざざざざざざざざ。そしてまた、びったーーーん。と、波に叩きつけられて減速してしまう。そして、目標がない大海原なので、どこに向かったらよいのか分からない。とりあえずその辺をぐるぐるまわって、右手のアクセルで、飛ばしたりしてみた。そして、戻ってきた。イヤーー面白いっす。最高最高。と言った感じ。その子は、俺の写真をデジカメで撮ってくれた。
その子も交代で乗った。遠くすぎて分からん。俺は三つ網ビーズをした茶色い小さい犬とか、さっきうなられた黒い犬をなでて遊んでいた。
さて。そろそろ帰ろうということで。帰った。最終の出航が五時であった。あっという間の滞在だね。ロッテの会社でディスプレイの仕事をしているらしいその子は。 タイでクーデターあったんだよねーとか、いろいろ話した。
魚介類が食べたいというので、WALKING STREETで、ロブスターの割と安い店を見つけた。夕暮れ時で、波風も気持ちよい。夕焼けがきれいだ。写真を撮った。一人でいると、歩きながら屋台でタイ料理を食えば十分満足なのだが、二人の時くらいは、豪華に食べたい。多分ちゃんと食べるのは、今回ぐらいだしね。なので、豪華にロブスターを食べまくることにした。ターメリックライスと、ホワイトシチューと、ガーリック味の小さいロブスターを五匹と、カシューナッツとエビ。その子もロブスターを注文した。シンハーで乾杯。コンベと俺は言った。彼女はカンパイと言った。
韓国人とこうやって直に話すのは良い事だ。英語でずっと喋ってたけど、記憶には情報として、日本語とも英語ともつかない感じで残っている。彼女の別れた彼氏が、電話してきてやり直さないかって言われて、それで悩んでなんとなく突然旅に出てきたんだってさ。どうしようって。YOU HAVE TO DECIDE BY YOURSELF. と笑顔でいうと、それで良かったみたいだ。俺は小泉ジュンイチローが嫌いだと言った。彼女もあんまり好きじゃないといった。
竹島の話になると、ちょっと俺も話辛くなった。要はそんなこと言っても、誰かの言ったことをまた繰り返すだけではないか、誰かが作った筋書きを俺たちが、二人でロールプレイング的に、再びなぞったところで、それは、俺たちのゲームではない。誰か他人の書いた筋書きだ。ってゆーか、両方の言い分があるんだし、解決しないんじゃないのと言った。
さて、まあそんなことはさておき、彼女はけっこう可愛かった。ペ・ヨンジュンが日本で人気あるって本当??と聞いてきた。なんでといわれても、アイドンノウとしかいえない。俺はチャングムのイ・ヨンエがけっこう好きだと言ったが、あまりノッてこなかった。恥ずかしくなる。
アユミのことも話題になった。「んったしろ、んったしろ、んったしろ、ちゃんと亡命しろー」って言うんでしょ。と言ったら、そうそうそう。となったが、これがどう面白いのか、説明するのは、物凄く大変そうなんでやめた。
彼女は酔って顔が赤くなってきた。さっきまでの夕焼けは、もう暗くなり、夜景がキレイであった。船上レストランの光が輝いている。さて、帰ろうということで。ひたすら話したので、俺がちょっと多く払って帰ることにした。
しばらく歩いたが、彼女はホテルに帰るという。シャワーを浴びたいらしい。なるほど。俺も疲れたし、それに、このような良い人とは、面倒なことにはなりたくないし、友達として、ここで別れようと思った。それはそれで良いことであった。握手をして、サヨナラと。ハブアナイストリップ! 今度メールを出してみようと思う。
というわけで、俺はパタヤの夜の街をしばらく散策する事にした。
(略)
続く。
2006年09月25日
タイのクーデター
先週タイに行ったら、クーデターにあった。ミャンマーから戻ってきたら、街中が戦車だらけ、軍隊だらけ、猫はいだらけってわけで、ビックル一気飲みしちゃったわけなんですけど、皆様ご機嫌うるわシューござますか。
ってなわけで、さっそく本題なんだけど・・・。きっこ風にする必要があるのだろうか。さて、今回のクーデターは無血クーデターということで、記念写真を撮っている観光客もいるぐらいで、平和的なものであった。
単独行動していた日本人は、ニュースを知るのが遅かったであろう。俺もどうも戦車が多いな。と思って、タクシーの運転手に、聞いてみた。
「何あれ??」
「@ija@owq@wof」
「あっっっげーーーー、戦車じゃん。はあ???パレード??」
「@qoij@uqgipuhgpur@」
「いや、わっかんないから。これはもしかして、クーデターでもあったのかな。いやまさか。」
「@ojpupugpuiq@ef」
「くーでたー???」
「いぇーいぇー」
「はっ???」
ということで、英語のあまりできない運転手であったが、カオサン通りから、エカマイのバスターミナルに行く途中、川沿いに、戦車が止まっているのを見て、感想であった。
戦車には花が飾られていて、とてもクーデターという雰囲気ではなかった。
タイの兵士は、日に焼けていて、非常に危険な空気を漂わせている。なんせマシンガンをもって、真顔で、ゆっくり歩いているのだから。
「たくしん にゅーよーく のーばっく」
「タクシン首相がニューヨークにいて、帰って来れないって?? うわーまじかよー。のこのこ宿から出てきた俺がアホだった。道理で、今日はタイ人が、何やら不機嫌そうなわけだ。いつもは、道行く人も、ちょっとニコヤカなのに、今日はみんなブスーっとしてるもんなー。平日だから、こんなものなのかなと思ってたら・・。どぅーゆーらいくたくしん??」
「いえー あいらいく たくしん」
「へー人気ないと思ってたのに、意外だな。で、
いつせーふ??」
「とぅでい いつせーふ。のーきりんぐ とぅでい。ばっとあいどんのう とぅもろう」
「はっはっは」
そしてタクシーを降りて、すぐさまそこらへんを歩いていた白人カップルに話しかけた。英語で。
「あのすいません。クーデターあって、タクシンがニューヨークにいて、街中軍隊だらけなんですけど」
「(笑って、ん??と言う様子で聞いている)」
「大変ですよね。やばいっすよ。で、安全なんですかね??」
「あー一応大丈夫らしいよ。旅行者も街を歩いても大丈夫だって」
「そーなんですか。」
そして、ようやく安心した。って既にお前も、そのカップルも、街を無防備に歩き回ってるじゃねーか。
さて、そんなわけで、安心したので、BTSの駅、サイアームの周りにもウロウロしていた軍隊どもを激写してみた。そもそもこいつらは、居て銃をもってることに意味があるのである。
本当に丸腰の一般市民には、なすすべがない。こうなると撃たれないことを祈るのみである。カンボジアやベトナムで、昔銃を撃った経験を思い出すが、銃なんて、ものすごい破壊力だからね。あんなの撃たれたら絶対痛いから。ってゆーか死ぬね。あたりまえだが。
しかし、軍部が兵士に指導したらしいが、一般市民には、笑顔で対処するようにとのことなのである。迷彩服を着ていた。タイの周りのジャングルで戦うなら、その格好は、最高だが、ここは街中だぜ・・。目立つよ。
そして銃には、黄色のリボンが結び付けられていた。
タイ人は、王室のカラーが黄色なのかな。よく分からないが、黄色が大好きであり、胸のところに王室のマークの入った服をみんなが着ている日があったぐらいだ。
なので黄色のリボンは、王室への忠誠の証なのかもしれない。
タイは素晴らしい国であり、クーデターがあったからといって、後進国であるとは思いたくない。
また国王の威光が素晴らしく、また国王も良い人らしい。ので、事態も沈静化するであろう。
俺は一週間の休暇を無駄にしないために、パタヤへと向かったのであった・・・。
続く。写真は俺が撮ったものです。
2006年09月24日
きっこの日記のファンです
もしストレス解消になるのなら、ブログをもう一度復活させてみようと思う。一日15分限定で、どこまでかけるか、試してみようと思う。なんて思う今日この頃ですけど、皆さんいかがお過ごしですか。
ではきっこのパクリなので・・・
さて、今日の貴方のご機嫌は麗しゅう御座いますか?
では、本題にサクっていっちゃうけど、きっこの日記は、すごい。あれだけの量の情報を毎日書けるなんて、並みの人間では不可能ではないか。よっぽど頭がいいのか、キーボードを打つスピードが速いのかな。俺は非常に遅いというか、変換ミスが多いので、めんどくさいのである。というか、駄文を書き連ねる意味はあるのであろーか。きっこの脳みそはどうなっているのだろうか。
では、オヤジギャグでもはさんでみようか・・・。今日も残暑が厳しいざんしょ・・・。
うーむ。難しい。そんな急に書けと言われても、ジンジャーエールだよ。ビックル一気飲みするほどたまげる事もそうそうないしね。。
さて、書く事がないにも関わらず、それでも書く事にいみがあるのではなかろうかと思い、はじめてみることにした。
すでに15分が経過しているのではないだろうか。
いやはや、ひどい雑文になってしまった。きっこの日記が人気があるわけは、読みやすいサクッとした、文章で、随所にリラックマな要素が含まれているからなのかな。
さてさて、手を止めるな。
ところで、安倍シンゾーね。とりあえず、晋で欲しいですね。あまりにも統一教会とか、ヤクザとかカルトとか、詐欺団体とかとつながりすぎですからっっっ、ちっくっっしょーーーーー。
あんな奴のドラマをやるテロ朝なんて、日本のハジでしょうよ。前から、古館は、おしゃれ関係でも、安倍をヨイショしまくって、西田ひかるが好きとか、気持ち悪い事をいいやがって・・・。
まあとにかく、人死にすぎですしね。耐震偽装問題でも人殺されすぎですから。。。
とにかく、悪い奴が蔓延るのは、仕方ないにしても、それを浄化できない社会はおかしい!!! 警察権力の意思はどこにあるのだ。全部なあなあで済まされるのか。利権はあるのか。なんなのか・・。
今日の反省は、テーマをちゃんと絞ってかいてくれということである。また、手をとめずに書くこと。
そして、早く沢山書く事で、何かなるのだろうか。分からん。それにしても、俺はまだまだ文章がめちゃくちゃである。
尊敬するブロガー
きっこ カマヤン しょこたん 田中宇
俺も負けずにがんばるぞー。と言いつつ、結局自主的なソースがあまりない。。時間もない。。まあいいや。。