2007年01月04日
タイの思い出 障害児の施設に行ったぁぁぁ
先日タイに行っていた時、クーデターにあったのだが、その旅行中訪れたすごく印象的だった場所がある。
カオサンロードにいたのだが、
「さーてバンコクに来たものの主な観光地は見飽きたし、今日はどうすっぺかなー」
とブラブラしていたのだが、昔見たウルルン滞在記をふと思い出したのであった。カバちゃんが、バンコクの「犬の家」を訪れて、怪我をした犬の世話をしたり、エサやりや、清掃を手伝うという番組であった。
思い立ったら即行動の俺は、ネットで、情報を検索した。
カオサンロードには、たくさんネットカフェがあり、日本語て検索もできる。そして見つかった。
http://blogs.yahoo.co.jp/tangtake2005/39460406.html
http://blogs.yahoo.co.jp/tangtake2005/39533260.html?p=1&pm=c
ヤフーで、「犬の家 バンコク」と検索すると、トップにでてくるこのページ、次の記事へをクリックして、地図が出てくるのだ。この地図を載せてくれた人は素晴らしい方だ。さすが日本人だ。日本人はネットで、世界のどこでも繋がっているなあと感動するほどであった。
さて、ネットカフェで、プリンターがトラブり苦労の末、印刷できた。
タイは、王様が犬好きということもあって、犬に関しては先進国である。俺も犬が大好きであり、日本の保健所における犬猫大虐殺問題はいつも心に引っかかっていて、坂東眞砂子についても結構考えたので、バンコクの施設も見ておきたかった。
で・・・・・。結局行けなかったんです・・・・。が!!!
タクシーの運転手にその地図を見せたら、別の施設に連れて行かれてしまったのだ。ある暑い日の午後であった。
タイ語は読めないのだが、この地図は本当にあってるのだろうか。あっていると信じたい。
おそらくタクシーの運転手が、地図が良く分からなかったようなのである。一時間以上もかけて走り、ここだここだ。と言って、俺を下ろして行ってしまった。しかも俺はその地図をタクシーに置きっぱなしにしてしまったのだった。
で、そこは、なんとタイの障害児の施設だったのだ。
複雑な心境であった。とりあえず入っていった。英語が話せる女の人がいて、どこにも犬の姿が見えないことに薄々気づいていたのだが、俺は聞いてみた。
「えーーーーっと。あの・・・。ここは犬が保護されている施設なんですよね・・・・??」
「(ぽかーーーーん)」
「あの・・ここはどんな施設なんですか??」
「(笑顔になった) ここは、肉体的に障害を持った子供たちが、リハビリを受けたり集団生活をしたりする施設なんですよ。寄付をしに来たのですか??」
「・・・・・・。はい。もちろん!!」
複雑な心境であった。目的と違うところに来てしまった。しかーーーーし!!! 強烈な意見が自分の中にあった。
「可哀想な犬よりも、可哀想な人間の方に寄付をするべきなのではないか。だからここに来た事は間違っていないぞ!!! 確かに犬の事を考えるのは意義のある事だ。俺が実際にイヌ大好き人間である事は否定すべくもない。しかし、だからと言って人間を無視して良いわけではない。人間の子供にも、恵まれていない子がたくさんいるんだぞ。そして彼らに罪は無いんだぞ。偶然来ちゃったんだから、この機会を利用して、見聞を広めようではないか。」
俺は、ノーマリゼーションとか、障害児とか、障害者とか、差別はいけませんと学校で習ったし、教養と常識ある一般市民として、彼らに対する理解とリスペクトを持つべきだという考えはあるものの、ほとんどと言って良いほど、そういう方との付き合いはなかった。しかもタイでなんて・・・。予想を遥かに超えた出会いの訪れであった。
「本当に有難う御座います。日本から来たんですか。サワディーカっ。
では、ここにお名前と住所。そして寄付して下さる金額を記入して下さい」
と、言ってきたので、よしっここはエコノミックアニマルの端くれとして、奮発してやろうと思い、ある程度の額を寄付することにした。
その英語の話せる女の人に、いろいろ話を伺った。ここにいる子供たちは、精神障害児ではなく、肉体的なハンディキャップを持った子供たちであった。勉強をしたり集団生活をしたりするのだ。そしてもっと大きくなったら、別の施設に行って、職業訓練などをするらしい。貧乏な子供もたくさんここにいるらしい。とても新しくて立派な施設であった。王室がこの施設をバックアップしているらしい。正門を入ってすぐの所に、王様の母親の銅像があった。また近所の方なども、頻繁に寄付をしてくれて、その寄付によって、この施設は賄われているのであった。さすが仏教国である。
そしてこの日は、タイのダンスのイベントがあるらしいので、お昼ごはんを食べて、一緒に観ましょうよと言ってくれた。
食堂があり、たくさんの子供たちがいた。両腕が無い子供や、車椅子の子供などたくさんいた。男の子も女の子も合わせて100人ぐらいはいただろうか。
そしてタイの民族衣装を着た美人な踊り子の女の子たちもいて、皆食事をしていた。俺も腹が減っていたので、タイのラーメンを食べた。かなり旨かった。
両腕の無い男の子も同じように麺を食べていた。そして足で辛そうな調味料をバンバン入れて、足でスプーンを持って、器用に食べるのであった。やっぱタイ人の子供は辛いのが好きなんだなーと、感心した。
しかし、この子供たちの無邪気さと、健気さと、ハンディキャップを背負ってしまっている不憫さと、そして子供らしく可愛く振舞う姿を見ていると、思わず涙で出そうになった。
よく、テレビなどで、タレントがそういう施設を訪問したりすると、どうも良い人ぶって感動を誘おうとしているように見えてしまって、偽善的で、なんだかなあと思ってしまう俺がいるのだが、実際にそういう現場に行くと、本当に涙ぐんでしまうのであった。それはいい人ぶるとか、そういう次元の問題ではないのだ。こういう運命に生まれてきて、これから生きていくというのは、変えられない「真実」なのだ。それでも頑張っている姿とか、そしてそれを支える周りの人の献身的な努力というものを見ると、人間は捨てたものではないなあと思えてくるのだ。
『タイは愛に溢れている』と思った。
実際、女の人だから出来るのだろうかとも思った。女の人の愛する力とか、育てる力というのは、すごいものではないだろうか。男であると、敵を倒す事、他者を押しのけて勝利を掴む事、経済成長だとか、ナンバーワンになることだとか、闘争本能というものと、母性というものは、かなり相反する概念のような気がする。この施設で働いている人が、女性が多かった為、特にそんな印象が強かった。
さて、ボランティアで白人の女性二人もいた。旅行者のような格好をしていた。
タイのダンスが始まったが、衣装が本格的で、華やかなものであった。可愛すぎ。
向こうからしたら、不思議だったであろう。なぜ日本人の青年が、いきなり寄付をしに、この施設にやってきたのか。そういう仕事をしているのかとか聞いてきた。いやただ興味があったからと答えておいた。
日本のテレビでバンコクの犬の施設を放送していて、そこに行こうとしたら、タクシーの運転手が間違えてここに来てしまったのだと説明するのは、かなり大変だったし、説明する必要もなかったのでしなかった。
でもここに来れて良かった。ふだんロクな事に使わないので、俺の金をここに寄付できて良かったと思う。
で、そんな思い出のあるバンコクでのテロ事件である。
なぜそんなことを・・・。俺はバンコクの人が平和に暮らして欲しいと願うのみである。
Posted by らっっっきー at
02:12
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